お酒と先輩彼女との甘々同居ラブコメは二十歳になってから

こばや

第1話 同居の合図は親公認の挨拶から

「ねぇねぇ孝志くん。せっかく二十歳ハタチになったんだし、そろそろ私たち同居とかしてみない?」


 大事な決断を迫られる時はいつも突然で、それでいて考えさせる時間すらも与えてくれない。


 ずい……ずいっ……と大人な匂いを漂わせながら、甘い声で俺を誘惑してくる一人の女性。真紅の髪を頭の横で束ね、たわわに実った胸の谷間を惜しげもなくみせる胸元の緩いセーター姿の美女。

 口元を微かに濡らし、妖しく笑みを浮かべる彼女の横には数本の空き缶。ハイパードライに凍結など、有名どころの酒缶がゴロゴロと転がっている。そして彼女の手にも檸檬館。


紅葉くれは先輩、そろそろお酒じゃなくてジュース飲みましょう? ほら、先輩の大好きなミスターペッパーありますから」


 真紅の髪の美女改め、大谷 紅葉先輩から檸檬館を取り上げ、その代わりに彼女の好物を持たせる。

 が、既に数本のお酒を空にしてしまっている紅葉先輩に、いくら好物と言えどもお酒を取り上げたのは大失敗だったようで……。


「同居とお酒、どっちが大事なの!?」


 と紅葉先輩は訳の分からない事を言い出した。



「いいですか、紅葉先輩。俺たちはまだ子供です。おいそれと同居を決めていい立場じゃありません」

「私、二十一。君、今日で二十歳。どっちも成人。やったね、大人だよ。さ、同居しよう!」

「先輩本当に二十一歳ですか!? 発想がだいぶ子供ですけど!!」

「何よ、酔っ払ってる私が悪いっていうのぉ?」

「いつもの状態も大概ですけど、今日は特に酷いです!」

「いつも可愛いだなんて、照れちゃうよぉ〜。いっその事結婚しちゃう?」

「しません!!」


 ちっとも紅葉先輩に俺の意図が伝わらない。

 何も先輩が悪いなんて言ってないし、二十歳になったからといって大人というのもまた違う。少なくとも酔った勢いで同居を超えてプロポーズしてきちゃう大学の先輩は大人とは思えない。しかも、冗談とかではなく本気の表情で『結婚しちゃう?』と言ってきているのだから尚更だ。


 たとえ紅葉先輩と俺が付き合っているとしても、だ。


「いいですか、先輩。俺は別に先輩と同居したくない訳ではないんです。ただ、親御さんが許すかどうかを心配してるんです」

「大丈夫大丈夫〜。彼氏が二十歳になったら同居を申し込むかも〜って親には伝えてあるから〜〜」

「緩すぎませんか、先輩の家族……」


 紅葉先輩が家族に俺の事を『彼氏』と紹介してる事に嬉しさを覚える反面、彼女が家族に伝えている内容が全く大丈夫じゃない為、心配せずにはいられない。


「むっ、私の心の鍵はそう緩くないわよ!」

「緩いですよ! 緩すぎです! 付き合った途端に心の南京錠ドロドロに溶けてるじゃないですか!!」

「それは孝志くんの心が熱すぎるからだよ〜」

「ダメだこの先輩、早くなんとかしないと」


 話の通じない先輩の大丈夫じゃなさにも、心配せずにはいられない。


「……嫌いになった?」

「なってたら先輩のコントに付き合ってませんよ」

「やった〜。さっすが私の見込んだ男〜! いよっ! ジュノンボーイ!!!」

「それはジュノンボーイを軽んじすぎでは!?」


 デレデレと蕩けた表情から、うるうると不安げな表情。そして再びデレデレの表情。

 コロコロと切り替わっては戻る紅葉先輩の様子に、俺は嫌いになるどころか彼女を一層好きになってしまう。


 呑んだくれだし、後輩の俺に甘えっぱなしだし、かといって他の人の前ではキリッと真面目を演じるし、その裏ではメッセージアプリで俺に『会いたい会いたい……』と送ってくる。そんな振り回し放題の紅葉先輩に俺は魅了されてばかりだ。


 今日だって、紅葉先輩から俺の二十歳の誕生日を祝いたいと言われて内心ドキドキしていたのだ。まさか、一人で酔っ払った挙句に同居の話を持ち出されるなんて。

 ……ワンチャンあるのではと期待していた俺の気持ちを少し返してほしい。


 と、過ぎてしまった事をグチグチと心の中で繰り返しながらも、紅葉先輩とのやりとりはすこぶる冷静だった。


「とにかく、先輩の家族にもう一度確認してください! 話はそこからです!」

「じゃあ、今聞いてみるね〜」

「はい、ぜひそうしてください」


 どうせ、両親に怒られて終わるだろう。俺がそう決め込んでいる中で、紅葉先輩が家族に電話をかける。


「あ、もしもしお母さん? この間言ってた同居の件なんだけどさ、今ちょっといい? うん。そう、前言ってた彼氏とのやつ」


 どうやら先輩が掛けた相手は母親のようだ。しかも、本当に同居の事を前に話していたようで、より一層、彼女と彼女の家族が心配になってしまう。


 と、そんな事を考えていると、紅葉先輩がこちらに甘い視線を向けてきて───

「分かった。ちょっと待ってて〜。……孝志くん、お母さんが最後に伝えたいことがあるんだって」

 俺に通話中のスマホを差し出してくる。

 恐る恐る耳を添えて「もしもし、お電話変わりました」と声を出す。


 それからすぐさま伝えられた言葉は

『娘をよろしくお願いしますね』

 と、母親公認の挨拶だった。



 甘い誕生日を期待した俺の二十歳記念日に、先輩カノジョからのとんでもサプライズを告げられた。

 お酒すらも飲めない俺にはあまりにも早すぎるサプライズを……。


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