第2話 先輩への想いが溢れ出す

「というわけで明日から同居よろしくね〜」

「何がという訳ですか! いくらなんでも明日からは早過ぎです! というか、荷物とかどうするんですか? 流石に今日明日で準備できるとは思いませんけど」

「そこは問題なしよ! 今日のために色々と準備進めてきたから!」

「問題大ありですが!? というか俺が断ったらどうするつもりだったんですか!!?」

「その時は酔わせてでも結婚する言質をとるまでよっ!」

「いくら俺が今日からお酒解禁だからって言ってもそれは卑怯では!?」

「だって、君ともっと一緒にいたいんだもん」

「うっっ……」


 可愛い顔とそれに似合わぬセクシーなポーズで俺に訴え掛けてくる紅葉くれは先輩。そんな恋人に俺は動揺せずにはいられなかった。


 ヘラヘラと笑っていると思ったら、自信満々のドヤ顔。そして悪い顔に胸元の緩いセーター姿での前屈み。とどめにちょっぴり頬を膨らませての『一緒にいたい』とラブコール。


 こんな怒涛の攻めをしてくる恋人に動揺せずにいられるだろうか。ドキドキせずにいられるだろうか。

 俺にはできない。


「にへへ、照れてる孝志くん可愛いねぇ〜」

「先輩が揶揄うからですよ……」


 紅葉先輩への想いが表情へと溢れ出し、彼女にバレてしまう。いや、そうでなくても俺の気持ちなんてとっくに先輩にバレている。

 バレてしまっているこそ、先輩は余計に俺を揶揄ってくる。


 一つ年上の彼女・大谷 紅葉とはそう言う困った人物なのだ。


「私は全部本気で言ってるんだよ〜?」

「言質の件ですか?」

「本気」

「酔わせて……」

「もちろん本気」

「…………」

「結婚も、君となら本気で出来るよ。心配しないで」

「むしろ今から結婚を気にしてる先輩に心配せずにはいられないですよ……」


 俺が質問せずとも何を聞いたいか分かっているかのように、質問をサラッと答えてくる。最後に至っては質問しようかと悩んでいる時に答えられた。しかも、先輩の目は本気のソレ。いくらなんでも気が早すぎである。


「じゃあ、したくない?」


 再び潤んだ目で俺に訴えかけてくる紅葉先輩。この目に俺は滅法弱いのだ。

 あぁ……もう……本音が漏れ出てしまう……。


「したくなくないから……困ってるんじゃないんですか……」


 自分でも気が早いと思っていてもやっぱり気持ちは素直で、紅葉先輩と一緒に苦楽を共にする夢を思い描いてしまうことがある。

 仕事は愚か、卒業できるとも、ましてや紅葉先輩の気が変わらないとも限らないのに、夢に見ては『考えるの早過ぎだろ、俺』と一種の自己嫌悪に近い状態に陥ってしまう。


 それだけの思いを持っているからこそ、紅葉先輩の本気の目に動揺せずにはいられなかった。


 もっとも……

「そうやって私の事で悩んでくれる君だから結婚したいと思っちゃうんだよ〜?」

「で、その前段階として同居と?」

「正解っ!」

「いくらなんでも突拍子が過ぎますって……!」

 紅葉先輩がどこまで本気なのか、未熟な俺にはまだ把握することはできないのだけれど。


 コロリコロリと変わる表情。その合間に俺から奪い取った檸檬館をグビグビと飲み進めていく真紅の髪の美女。

 酒に濡れた彼女の唇はいつも以上に色っぽいのに、話の内容は色っぽさのかけらも無い突拍子の無いもの。

「私の中では結構じっくり考えたんだけど、やっぱり相談した方がよかった?」

「心の準備のために一言相談は欲しかったですよ、流石に」

 同居の話は先輩なりの誕生日サプライズなんだと思うが、いくらなんでもサプライズの規模を超えている。


 もちろん嬉しく無いわけではない。夢で先輩と結婚するのを見てしまっているのに、今更自分の心を誤魔化すつもりは無いし、先輩を前に誤魔化し切れる余裕もない。


 ただ、男子大学生の俺としてみれば少しばかり彼女を迎え入れるには一つの問題点があった。


「さっきも言いましたけど別に先輩と同居したくないわけじゃないんですよ? ただ、その……色々と片付けるものがですね……」

「大丈夫だよ〜。私、手伝うよ〜」

「手伝われたら困るから言ってるんですけど……」

「そうなの? 一体どうしてかしら」


 言葉を濁した俺を目にして、少しばかり悩む紅葉先輩。

 出来ればそのまま気づかないで欲しいと思ったのも束の間。


「あっ……!」

 どうやらピンときてしまったようだ。


 いや、まだだ。まだ先輩がソレを口にしなければ『実は何も気づいてませんでした!』と言うことにもなり得る。そうだ、そうしよう!! そうであってくれ!!


「大丈夫だよ! 私は孝志くんがどんなにアブノーマルな本を持っていても引いたりしないから!」

 もはや願望でしかない俺の思いは、紅葉先輩の満面の笑みから発せられた言葉によって、見事に打ち崩されたのだった。



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