第3話 良いエロ本、悪いエロ本

 10月4日。俺の誕生日。


 そんな日に俺は───


「おっぱい特集? よし。褐色全集? ダメ。太もも天国? まぁいいでしょう」


 先輩彼女にエロ本チェックをされていた。


 揶揄いたがりの先輩にエロ本を見せるのはとても危険だと分かっていた俺は、入念にチェックを重ねて彼女が部屋にくる今日に向けて、絶好のエロ本隠し場所を用意していた。

 そこがどこかと言えば、ベッド裏の空洞である。

 もちろんただそこに入れるだけではすぐにバレてしまうと考えた俺は、そこに空洞がないかのように偽装壁を作った。一目見ただけでは、ベッド裏に空洞があるとは思えないくらいに精巧な偽装壁だ。美術学科の友人に塗装してもらった為そこは折り紙付きだ。

 更には定番のベッドの下には使わなくなったケーブルが入った箱を入れておき、本棚には参考書エリアの裏に更に参考書を挟み込んでフェイクを仕掛けるなど、徹底的にベッド裏の偽装壁から紅葉先輩の意識を離そうと試みた。



 ……まさか、そのどちらにも見向きすることなくベッド裏の偽装壁に手をかけるなんて。


「全く、別に隠さなくたっていいじゃない。変にトラップ仕掛けてるから見つけたくなっちゃうのよ?」


 そう言って紅葉先輩は偽装壁を剥がした先にあった俺の秘蔵のエロ本を仕分けていく。

 先輩の左側には先輩が好意的な反応を示したもの。右側には逆に好ましくない反応を示したもの。


「赤髪ヒロインとむふふしましょう? いいでしょう。青髪ヒロイン? ダメ、絶対許さない」


 次々とエロ本のタイトルを読み上げては左へ右へと本を仕分け続ける紅葉先輩。その様子を俺は正座して見守っていた。


 ただそうすることしか出来ない。紅葉先輩という紅髪のセクシー美女の恋人が居ながら安易にエロ本で満足してしまう俺には。



「……よし、こんなものかな。孝志くん、こっち向いて?」


 エロ本の仕分けが終わったのだろう、紅葉先輩が俺の名を呼ぶ。その声に応じるようにゆっくりと俺は顔を上げて先輩の顔を伺ってみる。


「……なんで、笑ってるんですか?」


 目の前には意外にもご満悦な様子の紅葉先輩。てっきり怒っているのだろうと思っていた為、彼女の様子に少しばかりの恐怖を覚える。

 が、そこにいたのは紛れもなくいつもの紅葉先輩だった。


「孝志くんってば、そんなに私とえっちしたかったの〜?」


 こんな突拍子のない事を言うのはいつもの紅葉先輩でなくてなんなのだろうか。


「えっと……一体なんの話ですか?」

「だって、おっぱいだったり太ももだったり、キミがしょっちゅう視線を落とす所じゃない」

「……一体なんの話ですか!!?」


 本気で先輩がなんの話をしているのか見当皆無だ。俺が先輩の胸や太ももを眺める事とエロ本が彼女のいう『えっち』につながるというのだろうか。

 確かに先輩の魅力的な胸元や、むっちりとした太ももに視線が行ってしまうのは否定できないがそれとこれとは話が別だろう。


 と、いつもの突拍子のない先輩に俺は内心振り回されていると、またも変な事を言い出す。

「だから、こっちの本を私に見立てて自分を慰めていたんでしょ?」

 と。


「ノーコメントで」

「黙秘権はないからちゃんと答えてね〜」


 どうやら逃げ道はないようだ。先輩というものが居ながらエロ本で満足していた俺への報いなのだろうか。

 だからと言って、エロ本を我慢して先輩に直接アプローチ出来たかと言えば、無理だ。きっと揶揄いながら上手くあしらわれて終わってしまう。

 だって、付き合って数ヶ月経つのに未だにキス手前まで。いい雰囲気になっても、「まだダーメ♡」と言って唇と唇の間に人差し指を割り込ませてきて純情を掻き乱してくるのだ。

 そんな先輩に『エロ本じゃ我慢できなくなったのでエッチなことしてください!!』とは言えるはずもない。


 当然、エロ本を先輩に見立てて一人寂しくシュコシュコやってたなんて報告もできるはずがない。


「ちなみにちゃんと答えてくれたら、そのうち本に描かれている事してあげてもいいけど? もちろん捨てたりなんてしないから安心してね?」

「しました。ほぼ毎日自分で自分のを慰めていました」

「そういう潔いキミも私は好きだよ」

「ありがとうございます」


 ───先輩自らエッチなことをしてくれると言うのであれば話は別だ。


 性欲の前に俺は吹っ切れてしまった。

 そうだよ。生理現象なんだから仕方ないじゃん。俺だって健全な男子大学生だ。エロ本のお世話になったっていいじゃないか。


「で、こっちの残った方だけど」

「あ、はい」


 さっきまでの話は左側にあった本での話。

 そして、今、紅葉先輩が指差しているのは右側の、先輩が好ましくない反応をした本たち。


 けれど、今の機嫌のいい先輩ならきっと好ましくない本でも許してくれるだろう。俺はそう確信している。


 だって、今目の前の先輩は何時になく笑顔なのだから。


「今からコンロで燃やして?」

「……今、なんて?」

「聞こえなかった? 私に見立てる要素がない本を今から燃やし尽くしてね、って言ったの」

「もしかして、結構怒ってます……?」


 変わらずニコリと笑う紅葉先輩。その反応が全てを物語っていて、それでいて今までで一番怖かった。


「はい。仰せのままに」


 今日は俺の誕生日。そしてエロ本所持数が半分になった日でもある……。

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