第5話 目覚めの朝、新しい朝

「うぅ……頭いてぇ……」


 カーテンの隙間から差し込む日差しの眩しさに、深い底に沈んでいった意識が目を覚ました。

 爽やかな朝の日差しとは正反対に、ズキズキと鈍く痛む俺の頭。普通の頭痛とはまた違う、反省を促す痛み。どうやら俺にはお酒はまだ早かったみたいだ。


「俺……いつの間に寝たんだろう……。ベッドにも入った記憶がないし……」


 ガシガシと頭を引っ掻き頭の痛みを誤魔化しながら昨日の出来事を思い出そうとしてみるも、そこにお酒を飲んだあたりの記憶がなかった。先輩に対しての不安な想いをかき消そうと、先輩にオススメされたお酒を片っ端から飲んだのは覚えているが、その後どんな話をしたのか、どんな気持ちでいたのか、全く覚えていない。



「というか、なんか懐かしい匂いがするな……これってキッチンの方……?」


 仄かに部屋中に漂う懐かしい匂いの根源に目を向けると、そこには昨日と打って変わってしっかり者の紅葉先輩が立っていた。

 昨日と同じ格好の白セーターなのに、キッチンに立っているだけで全く別人にすら思える。


「先輩……何してるんですか……?」

「ん? 何ってそりゃ、朝食作りだよ〜。特に酒飲んだ翌朝の味噌汁は格別」

「そうじゃなくて、帰らなかったんですか……?」

「初めてお酒飲んで酔っ払った男の子を放っておいて帰れるわけないでしょ」

「確かに、そうでした」


 普段はだらしない先輩でも、やっぱり大事なところではしっかりと大人で、ドキリとしてしまう。しかも、背中を向けたまま顔だけこっちに向けてくるものだから尚更。


「それに約束しちゃったし、ね」

「約束……?」

「ううん、こっちの話」


 また振り向きながら大人の表情をこちらに向けてくる先輩。揺れる赤いサイドテールの隙間からチラチラと見える整った耳がドキドキを加速させてくる。


 しかし、そう長くドキドキさせてくれるほど先輩との日常はそう甘くない。


「とりあえず、顔とか洗ってきたら? 寝癖、すごい事になってるわよ?」

「あっっ……!」


 先輩の言葉に釣られて慌てて髪を抑えたが時は既に遅かった。手で触っただけで分かるくらいの爆発具合。俺が先輩の仕草にドキドキしている時、先輩は俺の爆発頭を見てクスクスと笑っていたのだろうか。

 そう思うと、赤面せずにはいられなかった。


 そんな俺の思いを露知らず、

「そう隠さなくてもいいのに。同居したら隠せなくなるんだし」

「今はまだ同居してません」

「なら先に孝志くんのかわいい一面知っちゃった。やったね、お得だ」

「寝癖がかわいいとか、先輩のかわいい基準がよく分かりません」

「寝癖がかわいいんじゃなくて、君の慌てる姿がかわいいんだよ〜」

 といつもの様に揶揄ってくる紅葉先輩。


 昨日の先輩の言っていた『同居』の話が消えてなかった事に少し安心を覚えながらも、俺もまたいつものように先輩の揶揄いに対抗する。


 が、やっぱり俺が先輩の揶揄いに勝てることはなく

「……寝癖、速攻で直してきます」

「ゆっくりでいいからね〜」

「超速で直します!!!」

 そう言って俺は洗面所へと駆け込むことになった。


 先輩ののほほ〜んとした声を背に、気づけば俺はいつもの様にニヤニヤしてまう。

 こんなんだから先輩に揶揄い続けられるのだろうと分かっていながらも。

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