第13話 親友と共にジョッキをカチ鳴らす
ざわざわ……ざわざわ……。
人で混み合って来た飲食店の中に俺と悠は今いる。
時は夕方。授業終わり。大学近くの店という事もあり、店内には学生らしき客で賑わっている。その中で、俺は席について早々に悠に一言。
「……なんかゴメン」
そう呟いて頭を下げた。
「別にいいよ、謝らなくて。先生に怒られたのは孝志を怒らせた私にも責任はあるわけだし」
向かいの席に座る悠は相変わらず赤いパーカーフードを深く被ったまま、表情を隠しながら爪を弄って返答する。
「じゃあ、怒ってはないんだな……?」
「もちろん。一方的に孝志のせいだとは思うほどひどい女じゃないよ、私は」
「だったらさぁ───」
悠の顔を覗き込んでみても、そこに怒りの表情はない。代わりにあったのは期待に口元を緩ませてる食いしん坊の表情。今か今かと、“本命”が始まるのを待つ、表情と台詞が合っていない親友に俺は呆れずにはいられない。
なぜなら───
「何で、焼肉屋に来てるんだ……?」
俺が思っていた展開と違っているからだ。
「おっと、ただの焼肉屋じゃないぞ? 焼肉居酒屋だからな。ここの酒は美味いんだ!」
俺の言葉を食い気味に訂正してくる悠。だが、彼女の細かい訂正は今の俺には関係無い。
「どっちにしろ焼肉じゃん!! 俺、正直に話したよな!? デザートで手を打ってくれるんじゃないの!!?」
「それは内容によるって言ったろ? 流石に一緒に寝たなんて言われたら、焼肉にして貰わないと割に合わないって」
「理不尽だ……」
確かに正直に話したらデザートにしてやるとは言われていない。あくまで、『デザートで我慢してやらないこともない』とかそんな感じの言い方だった。
が、しかし。しかしだ。少しは俺の心的被害も配慮に入れて欲しい。
授業中、煽られるように事情聴取された上に周りの生徒に注目された挙句に、教授に『性に正直な事はいい事だけど、今は授業に精を出しなさい』と注意された始末。もれなく、授業終わりに教授の説教もあったし……。
その上に焼肉である。
これを理不尽と言わずして何というのだろうか。
そんな俺を前にしても、悠の腹ペコ具合は変わらない。
「まぁ、そう言うなって。変な勘ぐりをして怒らせちゃった分、食べ放題の方で我慢してやるからさ」
「我慢して食べ放題とか……」
「もちろん、飲み放題も付けるからな」
「えぇ……」
「何か文句ある?」
「イエ、アリマセン」
「よし。んじゃ、オーダー始めるぞー」
俺の僅かな抵抗も虚しく、悠はテーブルの脇に立て掛けてある注文パネルに手を伸ばして、次々と飲み物や肉を頼んでいく。カルビにタン塩、ホルモンにレバー。定番からクセのあるものを彼女が食べたい分だけ。当然飲み物はアルコール類だ。
小柄な彼女だけれども誕生日は俺よりも早く、紅葉先輩ほどでは無いにしてもそれなりの量を飲める為、今日に関しては飲み放題で助かったと思ったほどだ。
そんな彼女の食事情を考えていると、注文したものが続々とやってきては悠は何の躊躇もなく網の上に肉を乗せていく。そしてその間に、手始めのビールが二人前届いた為、観念した俺は吹っ切れたように勢いよく悠と一緒にジョッキをかち鳴らした。
「で、実際のところどうなんだ?」
「どうとは?」
「そりゃ、大谷先輩との同居だよ。話聞く分には爆発四散しろとしか思えないけど」
「サラッと怖いこと言うなよ」
「まぁまぁ、いつものお茶目って事で」
「お茶目が過ぎるわ」
食事がある程度落ち着いて来た頃、肉を口に放り込むのを一旦止めて、俺に恨みつらみをぶつけながら紅葉先輩との生活の様子を聞いてくる悠。
未だにフードを外すことはせずに、それでも悠が嬉々として聞いてきているのはわかってしまう。なんだかんだで、大学入学したばかりからの仲なのだと実感する。
そして、悠が異性であると分かっていてもそれ以前に親友だと思っている為に、多少の濃い話もできてしまう。
「……まぁ、まだ始まったばっかだけど楽しいよ。会いたい時に紅葉先輩がいるし、逆に紅葉先輩もこれでもかってくらいに揶揄っては引っ付いてくるし……」
「で、ムラムラしてベッドで襲ったと」
「それはまだしてない」
「軟弱者め」
「ほっとけ」
悠が俺を小馬鹿にして、それを俺が軽くいなす。いつものやり取り。
教室でのやや重い口調は一体何だったのだろうか。あの悠のイラつきは何だったのだろうかと疑問に思うくらいにいつも通りの俺と悠。
しかし、全てがいつも通りとはいかない。
今は焼肉と同時に酒の席。いつもとはまた違う雰囲気の話に発展する───。
「ま、孝志が今の所不便に感じてないならいいけど、これからアレの方はどうするんだ?」
「アレって言うのは?」
「そりゃお前……エロ本だろ。と言うより、シモの方」
いつも以上に突っ込んだ下世話な話へと。
「あ……」
「やっぱり何も考えて無かったか。しかも、詰めの甘い孝志の事だから例の偽装壁、すぐに見破られたんじゃないの?」
「うっ……」
「だから言ったのに。偽装壁の前にあえて囮のエロ本を置いておけって」
「偽装壁から離す事ばかり気が行って、そこまで覚えてなかったんだよ……」
「ったく……」
悠とエロ本の話をするのは別に今回が初めてと言うわけでは無い。むしろ積極的にエロ本の話をするのは悠からの方だ。
『お前好みのグラビアアイドル見つけたぞ!』とか、『最近のお気に入り見せろ』だとか……。まるで男子の友達と話しているような感覚に陥る。
そしてその延長で、この間のベッド裏の偽装壁を悠に手伝ってもらったのだ。理由は明白で、エロ本を隠すため。結局、あっけなくバレてしまったわけだけれども……。
そう言うこともあって、エロ本の話自体は俺と悠の間では普通の事。しかし、それでもそれ以上に突っ込んだ話は一切してこなかった。
いくら男子の友達と話してる感覚に陥っていても、やっぱり悠は異性だ。れっきとした女性。
恋人でも無いのに突っ込んだ話をする気にはなれずに、結局、偽装壁がバレた事以外は何も語らなかった。
悠からも特に追求する事はなく
「ま、なんかあったら相談ぐらいは乗るよ。当然、それなりのリターンは貰うけどね」
そう言って、彼女はまた肉を小さな体に放り入れ始めた。
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