第12話 譲れない想い

「お、ようやく来たなサボり魔め。今日も代返したら焼肉でも奢ってもらおうと思ってたのに、おかげで計画がすっ飛んじまったよ」

「あっぶな。悠の食いっぷりはマジで洒落にならないからなぁ……」

「あ、当然食べ放題じゃない奴のつもりだったから」

「本気で危ない奴じゃん!!!」


 大学到着早々、俺は教室で先に授業を受けていた親友にドヤされていた。

 理由は明白、暗に『サボり過ぎ』と言われているからだ。いくら授業を受けるも受けないも自由な大学生とは言っても親友に頼るのも限度がある。その限度が今日いっぱいだっただけの話。


 そんな親友・園田 ゆうの隣で、途中からでも授業を真面目に聞くべくノートと筆記用具を机に並べる。男勝りな言動とは裏腹に背は小さく、ダボダボのパーカーがそれを強調させる唯一と言っても過言では無い───信頼できる女友達の横で。


「で、なんで三日もサボってたんだ? 理由によっちゃあ、多めに見てやらんでもないけど。具体的に言えば後で食堂のデザートを私が満足するまで奢るで許してやる」

「それ許されてる気がしないんだけど」

「いいから言ってみ。じゃなきゃ、強制焼肉するぞ」

「分かった、言います。言わせて頂きます!」

「わかればよろしい。さ、言ってみそ」


 どうやら悠は俺に授業をまともに受けさせてくれる気はないらしく、クイクイと袖を引っ張っては三日間俺が何をしていたのかを聞いてくる。しかも、俺が食事を奢る事前提で。

 赤いパーカーフードを深く被って顔を隠している事もあって、悠の表情は読み取れ無いがきっとほくそ笑んでいるに違いない。紅葉先輩もそうだが、どうやら俺は女性に揶揄われやすいようだ。


 それとも、揶揄いたがりの女性と何かしらの縁があるのか?


 そんな事を考えながら、俺は今の手持ち残高を思い出していた。


 手持ちはざっと五千円。───危ういな。

 見た目の割に食いしん坊な悠にデザートもしくは焼き肉を奢るとなると少々心許ない手持ち金額。

 それでも答えないと言う選択肢は無い。その時には何の躊躇もなく悠は焼肉を選ぶ。しかも高級焼肉。


 そんな状況の中で、俺はボソリと答える。

「……先輩とイチャイチャしたくてサボってました」

 と。


「よし、後でATMいくぞ。お前の金で焼肉だ」

「デザートで許してくれるんじゃないのか!!?」


 理不尽だ。俺は正直に答えただけなのに。

「それは理由によるって言ったろ? なんだよ、恋人とイチャイチャする為に私はこき使われたわけか!!」

 そうは言っても嘘言ったら焼肉にするだろ? 本当に理不尽。


 俺の親友はそう言う人物。嘘が嫌いで、食欲に正直で、その上勘が鋭い。紅葉先輩とはまた違う意味で油断ができない相手だ。


 しかし、そんな事を思っていてもイチャイチャしていた事実は変わらない。それならば少しでも身を守る言い訳をするしかないと、俺は躍起になって言葉を悠に向けて放つ。

「し、仕方ないだろ!? 紅葉先輩ってば、いきなり同居の荷物持って俺の部屋に押しかけてきたんだから!!」

 と。


 だが、これが良くなかった。


「ちょっと待て」

「な、なんだよ……」

「同居の荷物持って押しかけてきた、ってなんだ……?」

「その言葉の通り、今は俺の部屋で先輩と同居してるんだよ……」

「何それ聞いてないんだけど」

「そりゃ、言ってないからな」


 いつもの調子で話しかけている俺とは正反対に、悠の声色が少し重くなっていく。この時の俺は、その事に気づくどころか、その理由すらも分からなかった。


「それで、孝志はいつものように押し負けて同居を認めちゃったわけだ? 相変わらず弱いね」

「べ、別に押し負けたわけじゃないし……。俺だって、紅葉先輩と長くいたいとは常日頃から考えていたし……」

「その割にはいつも揶揄われてばかりだよね〜。今回だって、実はただのお泊まりでした〜〜ってオチなんじゃないの?」

「せ、先輩はそこまで悪質なイタズラをする人じゃない!!」


 紅葉先輩との同居の話を説明するのに手一杯だったからだ。悠の声色の変化に気づける余裕なんてない。それどころか、少しばかり紅葉先輩をバカにされたような気がして頭に血が上っていた。


 ───先輩は、本気で俺を好きでいてくれている。


 三日、一緒にいてそれが痛いほど良く分かった。それをよく知りもせず同居の話を『イタズラ』で済ませられるのは親友の悠であっても許せるものではなかった。


 だから思わず、少しばかり大きな声を出してしまった。

 当然、教室にいた人のほとんどが俺の方を見てはザワザワとし始める。

 しかし、当事者である俺と悠は周りの視線なんて気にせず話を進める。


「じゃあ、ちゃんと同居だって証拠はあるの?」

「も、勿論ある!!」

「へぇ? じゃあ言ってみてよ」


 お互いに言葉を譲らず、睨み合う。


 そんな状況を終わらせるべく、俺は同居が『イタズラ』ではない証拠を口にする。

「夜通しキスして、先輩と同じベッドで寝たし……っっ!!」

 と。

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