第41話 鬱憤と電話越しの仕返し

 人への鬱憤は気づかぬうちに溜まっているもので、いつかそれを発散しなければどこかで爆発してしまう。それは人それぞれ違い、キャパシティもキッカケもまちまちだ。

 ただ、例外なく人への鬱憤は溜まってしまう。それは恋人に対してもあるのだなと、今日気づいてしまった。


 もっとも……

「さ、先輩。早く料理する姿見せてくださいよ。お酒が入った先輩のかっこいい姿見せて下さいよ」

『うぅ……痛いところをついてくるねぇ……。このままお酒とおつまみでどうにか過ごしてやろうと思ったのに……』

「散々食生活を整わせておいて、当の先輩は自堕落になるんですか? 朝の先輩はどこに行ったんですか?」

『あ、朝はちゃんと食べないとダメでしょ!?』

「夜も食べないとダメだと思うんですけど」

『うぐっ……』

 普段揶揄われてばかりの鬱憤を、逆に恋人を揶揄う事で発散する事ができるのだけど。


 テレビ電話越しに先輩を揶揄えば、少しシュンとしたり、慌てたり、図星を突かれて驚いたり。普段では見る事のできない先輩を見れて満足だ。

 強いて言えば、この光景を映像として残すことができない点。あくまでテレビ電話な為、この光景はこの瞬間にしか見られない。それだけが不満だ。

 出来れば直接面と向かって先輩を揶揄ってみたいものだけれど、きっとそれは叶わない。

 だからこそ、今、この瞬間を存分に活用しよう。そう思っていたのだが……


『ねぇ、私のこと忘れてない? いや、いいんだよ? 別にいつものようにイチャコラしてくれてもさ。でも、先輩にはココが私の部屋だって事、そんで孝志は私もまだご飯食べてない事を頭に留めておいてね?』


 可愛い素顔を見せてくれたばかりの親友が明らかにイライラしながら、横入りしてきた。


「あ、はい……」

『な、なんかごめん……』


 悠の言い分になんの文句のないどころか、申し訳なさが急激に襲ってきた俺と紅葉先輩は声を揃えて白髪の美少女に謝る。

『わかればいいのよ、わかれば』

 フードを外し、白髪の素顔を晒してもやはり悠は悠のままで、テレビ電話越しに見られる仕草ひとつひとつにどこか安心してしまう。


 あぁ……いつもの親友だ……、と。


 そして次に続く言葉もまた、いつもの親友そのものだった。

『で、彼女に仕返しして悦んでいる孝志に質問なんだけど』

「その言い方やめて。いや、間違ってはないんだけど、なんかこう……やめてください」

 思わぬ言葉に、俺は途端に敬語になってしまう。


 そんな事はお構いなしに、白髪の親友はニコリとビデオ電話越しに笑いかける。

『私はどうしたらいいのかしら? 紅葉さんに料理をするよう、誘導すればいいの? それとも私が料理を作って紅葉さんに食べさせればいいの?』

 と。

 普段はフードに包まれていて細部まで見れなかった親友のイタズラ顔。目を細め、まるで獲物を見つけたかのような鋭い視線をこちらに向けてくる。小さな唇の端に人差し指を当てて色っぽさを演出してくる始末。


 そんな演出をしてまでに放たれた悠の言葉の真意に気づかないほど、俺はバカではないつもりだ。


『私は悠ちゃんに作ってもらいたいなぁ〜』

「先輩はちょっと黙っててください。ちょっと真剣に悩むんで」

『むっ……そんな真面目な目で言われると、ドキッとしちゃう……』

『言ってる内容は、欲望と相談するって事ですけどね』


 恋人の言葉を無視して自分の世界に入る俺を、紅葉先輩は目を蕩けさせ、悠は呆れた表情を浮かべる。


 そんな中で俺は深く考え込む。お酒に酔った紅葉先輩に料理を作らせるか、まだまだ余裕そうな悠に料理を作ってもらうか。

 先輩にこのまま仕返しを続けるか、悠のリズムに合わせるか。

 俺は悩みに悩んだ。


 悩んでいる最中に聞こえる、紅葉先輩と悠の『んにゅぅ……いい匂いぃ……』『ちょ……お酒臭いんでやめてください!!』『もも酒だからそんなに臭くないわよぉ……!』などといった仲良し具合により一層悩まされる。


 悩みに悩んで、悩んだ果てに出した結論は───

「よし、悠。紅葉先輩をキッチンに向かわせてくれ」

『あいあい。つまり孝志はポンコツな紅葉先輩を見たいと。物好きだねぇ〜』

「それもあるけど」

『けど……? けど何よ』

「悠のハラハラしている様子も見てみたいな、ってな」

 いっそ、両方見てみる事だった。


 まさか、この後悠に激怒されるとは思わなかった。

『アンタは私じゃなくてもっと恋人の方を見なさい!!!』

 と。




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