第42話 それでも俺は変態じゃない
『うぅん……鰹節のいい匂い。なんかこう、脱ぎたくなるわね。脱いでいい?』
『良い訳ないです、ちゃんと服を着ていてください。じゃないと画面の向こうにいる変態に全部見られますよ』
『ん〜、私はむしろ見られても良いけど〜?』
『カップル揃って変態だったか』
紅葉先輩の狂言に惑わされる。しかもその言葉が割と先輩にとって本気なんだと電話越しの悠の焦り声で伝わってくる。
そこに付け加わるように『見られても良い』の言葉。先輩との生活に判断を狂わされてしまっていた俺は、脳裏に先輩がゆっくりと服を脱いでいく姿を想像してしまう。
たわわに実った母性を優しく解放するように、のんびりとした様子の紅葉先輩。にへらと笑いながら俺が恥ずかしがる姿を想像して大胆になっていく、一つ年上の恋人。悠の前だというのに、俺を揶揄う事をやめない───紅葉。
すっかり、俺の頭の中は大好きな先輩で埋め尽くされている。紅葉漬けだ。
もちろん、悠にそんな事を気づかれるわけにはいかないので
「ちょっと待て、俺は変態じゃないぞ」
そう言って、誤魔化す。
『先輩が脱ごうとした時、画面に顔を思いっきり近づけたクセに』
「……見てたのか」
『カマかけてみたけど、本当に近づけてたとか。流石にドン引きだわ』
「うっっ……!」
モノの見事に、あっけなく俺が変態だというのが認定されてしまったのだけれども。
悠の視線が冷たい。今までは言葉や態度だけで感じていたものが、視線や目付きでも感じる事になるとその破壊力は絶大だった。
けれど、紅葉先輩は俺の心境なんて関係なく唯我独尊を貫く。
『で、先輩はさっきから何してるんですか。私の後ろでゴソゴソと』
『え、裸エプロンだけど?』
「はだ……っっっ!?」
ガタ……ッ!
思わず、体を前のめりにしてテーブルを思いっきり揺らしてしまった。それくらい、紅葉先輩が言い放った言葉が衝撃的過ぎた。いや、衝撃的だったというより───さっき留めていた妄想が加速して行ってしまう。
きっと今頃、俺の事を揶揄えて満足そうな笑顔を浮かべているのだろうなぁ。ニヤニヤと。たわわな胸に油跳ねを守る為の布一枚被せて。
当然、裸エプロンというからには、後ろは無防備も無防備。白くて綺麗な、俺もおろか他の男も触っていないであろう艶やかな背中が脳裏に広がっていく。こんな事をしていたって意味なんてないのに、頭の中で先輩の背中をツンと突く。
もちっぷにっとした感触を覚えると共に、『ひゃ……っ! ううぅ……んっ!』と先輩の色っぽい声が頭に響く。
してやられた時の先輩の顔が頭に
背中の次はどこだろうか。うなじだろうか。とっておきの胸だろうか。それとも、今朝見たばかりの何にも覆われていないもう一つの果実だろうか。さしずめ、桃───食べ頃と言わんばかりの瑞々しい桃尻。
触れれば潰れてしまうそうなくらいのぷるぷると揺れる恋人のお尻目掛けて手を伸ばそうとしたその時だった。
『おいこら変態』
親友の悠のドスの効いた声で現実に引き戻されていく。
「誰が変態だ、誰が!」
引き戻された事は別に怒ってはいない。むしろ現実に引き戻してくれてありがとうと言いたいくらいだ。けれど、それとこれとは話が別。
俺は決して変態ではない。
『表情で丸わかりなんだよ、変態』
俺が否定してもまたもや悠は俺を変態呼ばわりしてくる。その目つきは、鋭いものだった。
しかし、それよりも気になる事が……。
「丸わかりって……何がだよ……」
まるで俺が悠の声で現実に引き戻される間に何を考えていたのか、お見通しのような事を言っているのだ。当然、気になって仕方がない。
その結果はといえば───
『何って、どうせ先輩のえっちな姿を想像していたんでしょ?』
どうやらお見通しのようだった。
お見通しの上で、俺の事を変態と罵ってくれたわけだ。俺が普段、どんなに苦労しているのかを知らずに。
「いいか、悠。さっきのは不可抗力だ」
『へぇ? 期待してないけど、続けて?』
「紅葉先輩の裸エプロンは今回が初めてじゃないんだ」
『どんだけお盛んなんだよ』
「先輩が勝手に暴走してるだけだって……」
おかしい。弁明しようとしているだけなのに、悠の視線がますます厳しいものになっていく。しかもサルだと思われかねない。
どうにかしてもっと弁明しなければ……そう思ったのも束の間。
『とか言って、ちゃーんとおっきくしてたじゃな〜い。しかも、出したばっかなのに〜』
先輩がとんでもない爆弾を落としてくれた。弁明もしようのない爆弾を。
『アンタら……』
「ちが……っっ!? というか、先輩なんで知って!!?」
『ん〜、そんな気がしただけだよ〜?』
「そんな気がしても声に出さないでもらえます!!? 今、悠からの俺への視線とんでもないものになってるんですけど!!」
『その前に、画面から顔を遠ざけろ? いつまで変態顔を私に見せつけるんだ』
「あ……ごめん……」
俺はただ、弁明しようとしただけなのに。
さらに言えば、先輩が料理している姿をテレビ電話越しに見てみたかっただけなのに。
どうして離れているのに、いつも先輩に振り回されてしまうのだろう……。
そんな事を思いながらも、先輩を嫌いになるどころかますます先輩の事を考えてしまうのは、もう引き返せないほどに先輩───紅葉の事を愛しているからなのだろう。
妄想から我に返った俺の脳裏には、先輩がかつて言い放った二文字の言葉が浮かび上がって来てしまう。それはまだまだ、先の事のはずなのに……。
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