第43話 膨らんだ想いを吐露する

『よし、これでオッケーっと』

『むぅ……せっかく孝志くんを喜ばせたくて脱いだのにぃ……』

『ならせめて、自分らの家でやってください。見せつけられる私の身にも少しはなってくださいよ』

『はぁい……』


 悠にやいのやいの言われ、文句を言いながら洋服を着直していく紅葉先輩。その様子はただ通話越しでしか確認出来ないけれども、頬を膨らませている先輩の姿を想像するのは容易だった。

 フグのような顔の先輩の、拗ねたようなジト目。さっきの妄想の影響だろうか。余計な想像までしてしまった。だからこそ───

『そこの変態も、あからさまに残念な顔すんな。変態じゃないんだろ?』

「変態変態言うのをやめてくれない!?」

『じゃあ変態じゃないような表情をしろよ。なんで服を着せたらがっかりしてんだ? そこは安堵するところだろ?』

「うっ……」

 見事なまでに俺の様子を見てた悠に指摘されて何も言えなくなってしまう。

『私は変態な孝志くんも好きだよ〜』

『先輩はちょっと黙っててください。ややこしくなるのと、シンプルに惚気がウザいです』

 先輩のフォローも虚しく、悠の苛立ちに一蹴されていく。いや、むしろ先輩の言葉に悠の苛立ちが増したのは気のせいだろうか?

 ……きっと、気のせいじゃないと思う。俺だって、先輩と付き合う前は知り合いに惚気を聞かされる度に微笑ましい反面、妬ましかった。きっと、悠が今感じているのは似たようなもの。

 そりゃ、先輩相手でも『ウザい』と一蹴したくもなる。

 もっともその先輩本人はと言えば、一蹴された事を気にする様子はなく

『とりあえず、料理の続きしてくださいよ。まだ味噌汁しか出来てないですよ?』

『そう慌てなくても大丈夫だって〜。冷蔵庫にちょうど、イイのがあったから〜』

『ならいいんですけど……』

 どこまでもマイペース。人の家の冷蔵庫だと言うのに遠慮なくガサゴソと漁ってしまっている始末。

「心配だ……。料理もだけど、もっとボロを出しそうな気がしてならない……」

 いくら悠に気を許しているとは言え緩みすぎている先輩の表情を、カメラ越しに見た俺は心の底から不安で仕方なかった。最悪、火事でも起こすのでは無いかと考えてしまうくらいには。



 けれど、現実は想像とは違った。

 火事が起こるどころか、悲鳴が上がることも、包丁で指を切って『うぅぅ……痛いよぉ……』とポンコツな先輩の姿すらも無い。

 レンズを通して画面に映るそれは、いつも背中越しに見ていた恋人の真剣な姿。毎回見る度に、胸がときめいて仕方なかった光景の裏側。

 今日は───いつも以上にときめいてしまう。


『……手慣れてますね』

『だって、実家でお母さんにしっかり仕込まれたもの』

『なるほど、どおりで』

 トントン、トントンとリズミカルに大根を大きめに切っていく。あっという間に剥かされていた大根の皮は水に浸されて、大根の本体は鍋の中へ。

 悠のさりげない計らいで、先輩の手元は一部始終よく見えていた。手慣れているどころじゃない、まるでプロの厨房を見ているように錯覚させられていく。それこそ、料理人のドキュメントを見せられているのかと思ってしまうくらいに。


 それでもやはり、その手元は先輩のもので

『毎日毎日、孝志くんを思ってたらあっという間よ〜』

 そう言いながら、聞き馴染みのある包丁のリズムが心地よく耳に入ってくる。朝起きた時に、真っ先に聞こえてくる音。部屋のドアを開けた先で待っている先輩の「おはよ〜」の声と一緒に聞こえてくる朝の音。……今では生活にないと違和感を覚えてしまう、必要不可欠な音が。


「紅葉……先輩……」

 気づいたら俺は想い人を呼んでいた。ただ、意味もなく。ただ、呼んでみたくなって。ただただ、想いが膨らんで……。

 自覚し始めたら止まらなくなって、俺はとんでもない事を口走ってしまった。

「紅葉と結婚したら、毎日が幸せなんだろうな……」

 と。


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