第40話 ビデオ通話で学ぶ食生活
『孝志くんは今何してるの〜?』
「俺ですか? 俺はまぁ……ちょっと、ぼーっとしてましたね」
『とか言って、実は私からのラブコールを心待ちにしてたとかじゃないの〜?』
「そ、それは……」
『あ、図星だ』
「……」
ビデオ通話。それは相手の表情を見ながら通話が出来る濃密な時間。物理的には離れていても擬似的に恋人を感じる事が出来る至福の時間。
けれどそれは向こうにも同じことで、小さな心の動揺でも顔に出てしまえばバレてしまう。
例えば、目を逸らしたり。
例えば、少し動揺してしまったり。
例えば、事実を突きつけられて黙ってしまったり。
幸せな時間とは言っても、いつもの日常からは逃れられるわけではなかった。
しかし、少しの表情の変化が相手に伝わってしまうビデオ通話でも、心の中までもを伝えるわけではない。
そう、紅葉先輩から電話が掛かって来なかったらきっと後少しで電話してたかも……なんて事は。
そこだけに関して言えば、物理的に離れているビデオ通話でよかったと思えた。
きっと、ソワソワしている様子を顔だけでは無く、手足や体全体、もしくは揶揄いの中から見出してしまうだろうから。
俺の恋人の紅葉先輩とは、そういう人物だ。
けれど、揶揄うだけではないのがまた困りもので……
『ちゃんとご飯食べた?』
「食べましたよ」
『カップラーメンとかじゃない?』
「ガッツリとハンバーグ食べましたって。あ、ちゃんと自炊ですよ?」
『ならばよろしい』
こんな感じに、同居前は食にだらしなかった俺を心配してか、夕食の確認をしてくれる、家庭的な部分がるのだからまた好きになってしまう。
真紅の髪をふわりふわりと揺らしながら、ニカッと笑って見せる先輩。
先輩と暮らし始めてから、食生活はガラリと変わってしまって、今ではちゃんと食事を取らないともやもやしてしまう体になっている。
人間としてはキチンと食事をするのが普通なのだろうけれども、同居前の俺はそれよりも紅葉先輩の事を悶々と考える時間の方が大事で優先するのが普通だったのだ。
今も、悶々とする時間が無くなったわけではない。けれど、先輩を悲しませてまでやることではないな、と生活改善して現在に至っているわけなのだが……。
ふと、不安に感じている部分があった。
それは頬の赤み。明らかに、お酒を飲んでいる時の様子に、一抹の不安を覚えてしまう。
その不安を解消する為、俺は軽く聞いてみることにした。
「ところで、紅葉先輩は食べたんですか? お酒ばっか飲んでないか心配なんですけど……」
と。
すると、ドヤ顔で答えが返ってくる。
『ふっふっふ……心配ご無用! 今日はまだ、この一本だけだから!! ご飯ももうそろそろしたら食べるよ!』
先輩の言葉と一緒に画面に映されたのは先輩御用達のもも酒。
ますます不安が増していく反面、『いや、まだだ……まだ大丈夫!』そう思いたい自分がいた。
そんな気持ちを抑えつつ俺は擁護の言葉を口にする。
「一本とかいいながら、きっちりロング缶なんですね。まぁ、その一本だけならイイですけど……」
『んなわけないでしょうが。お前は彼氏として先輩の何を見てんだよ』
横から飛び込んできた親友のキツイ口調に上書きされるまでは。
「……悠さん?」
『見なさい、この惨状を!!!』
俺の返事を聞く前に悠は紅葉先輩からスマホを取り上げたのか、画面が大きく揺れる。そしてその間には、電話の向こうでワーキャーと騒ぐ恋人と親友。
『え、ちょ……何するの悠ちゃん!!?』
『観念してください! 散々私を揶揄ってくれた罰です!!』
『悠ちゃんが可愛いのが悪いのよ!』
仲がいいのか悪いのか、喧嘩しつつも、あまり怒っている様子は聞き取れない。そんな中で見せられた光景に俺は、擁護する事を忘れてしまった。
「……先輩、これはちょっと買いすぎでは?」
『し、仕方ないじゃない。悠ちゃんがどれくらい飲むか分からないんだもの……』
『その割にはドヤ顔でカバンから出したじゃないですか』
『悠ちゃん……っ! シーーッッ!!』
「先輩……」
画面越しに見せられているのは、並々と並ぶロング缶。その量は明らかに二人で飲むだろう通常の量を超えていて、しかもそれを紅葉先輩一人で持ってきたと言うではないか。
先輩からラブコールが掛かってきた時に感じたドキドキは今はここには無く、むしろある種の義務感に駆られていた。
「このまま、食事始めるまで通話繋ぎますけどいいですよね?」
『……はい』
───先輩の食生活、どうにかしないと、と。
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