第39話 不意打ちのからかいと自爆

「甘いの、苦いの、はたまた酸っぱいの! とりあえず色々揃えて持ってきたよ! さぁ、悠ちゃんは何ではっちゃけちゃう?」

「何ではっちゃけちゃう? じゃないですよ! なんですかこのお酒の量は!?」

「え? 悠ちゃんと一緒に飲もうかな〜って思って、、部屋に来る前に近くのスーパーで買い漁ってきたの」

「いや、呼んでくださいって……どうしてこの量を一人で運んできちゃうんですか……」

「だってサプライズにならないじゃない?」

「お酒を持ってきた事よりも、この量を一人で持ってきた事にサプライズを感じてますよ!!」


 リビングテーブルに並べ置かれた沢山の缶チューハイに悠は驚きを隠せない。缶チューハイの多さそのものというよりも、なんの迷いもなく一人で悠の部屋まで運んできた紅葉の行動力に。

 しかも、通常の缶チューハイではなくもれなくロング缶。贅沢もも酒、ハイパードライ、凍結レモンなどなど、どれらに至ってもロングでビッグ。通常サイズの缶チューハイは紅葉のカバンからは出てこない。

 そんな状況での悠の表情に、紅葉はご満悦だ。


「まぁまぁ、いいじゃないの。こういう時こそお酒よ、お酒。悠ちゃん、飲めるんでしょ? 孝志くんから、焼肉の時グビグビ飲んでたって言ってたから」

「いや、まぁ……飲めますけど。なんかこう……うまいこと乗せられているような気が」

「ん〜、そうかな〜?」

「……まぁ乗りますけどね。どうせ、孝志に私の素顔を見せて揶揄うつもりなんでしょうし」

「あら、バレちゃった?」

「先輩と私は思考似てますから。いいですよ別に、孝志になら。流石に素面じゃむず痒いのでお酒を飲んでからになりますけども」

「ふふっ、もちろん分かってるわよ〜」


 紅葉の誘いが罠だと分かっていながらも、悠はテーブルに並ぶお酒を一本手に取る。

 心の中で『むしろ素顔見せるんだったら飲まなきゃやってられない』と呟きながら。

 悠にとって、紅葉に素顔を見せるのと孝志に素顔を見せるのでは決定的に違うことがあった。もちろん共通点はある。紅葉はその美しさとプロポーションで多少なりとも疎まれ、孝志も孝志で紅葉と付き合っている事に疎まれているのだから。

 けれど、その疎みにこそ違いがある。彼女自身にか、彼の立場にかという決定的な違いが。そして悠が今まで受けてきた素顔への声は自分自身に向けられたもの。

 だからこそ、悠は紅葉の前でコンプレックスである素顔を出せたのかもしれない。


 もっとも、孝志の事を信頼しているからこそ、お酒に身を任せる“だけ”で素顔を出す気になっているのだろうが。

 そんな悠の様子に、紅葉はどこか慈愛に満ちた表情を浮かべる。


 が、それは長くは続かなかった。

「でもあれだな〜。私はちょっぴり不安」

 その言葉と共に、紅葉の表情は揶揄いの表情へと切り替わっていく。

 しかし、すでに手にとったハイパードライを口にしている悠には、紅葉の表情は目に入る事はなかった。『次は何の飲もうかな……』とそんな事を考えながら鞄の中から取り出したチョコクッキーをポリポリと齧る事に夢中になっているのだから。

 けれど、こちらもそう長くは続かない。

「不安って、何にですか?」

「何ってそりゃあ、孝志くんの反応に、かな?」

「孝志が私の素顔を見て拒絶するとかは考えられないんですけど」

「ううん、そうじゃなくてね……」

「……?」

「悠ちゃんに惚れちゃったらどうしようかなーって……」

「なっッッ!?」

 紅葉の放った爆弾に動揺せざるを得ないのだから。


「……ふふっ。どう? 少しはびっくりした?」

「そ、そりゃしますって!!! なんですか、そのあり得ない冗談は!!!」

「ごめんごめん。悠ちゃん自身が、自分は可愛いんだって事自覚してないみたいだから揶揄ってみたくなって」

「だから、冗談はやめてくださいって……」

 驚くと同時に、少し噴き出してしまったビールを慌ててハンカチで拭い取りながら紅葉に揶揄うのを止めるよう釘を刺す悠。


 女子として可愛くありたいし、晒さない素顔でも可愛くなろうと努力してきた悠。まだまだ可愛い自覚が持てない彼女にとって紅葉の言葉は心臓に悪かった。

「ん〜、揶揄ってはいるけど冗談は言ってないわよ?」

 紅葉の真剣な言葉も。

「……はい?」

「孝志くんが悠ちゃんに惚れちゃうかもって不安も、悠ちゃんの可愛さへの嫉妬も、どっちも本気。冗談なんかじゃないわ」

 後に続いたこの言葉も。

 悠にとって、未知の領域なのだから。そして、真剣でありながらもどこか寂しそうな紅葉の表情もまた、未知のもの。


「い、いやいやいや!! 孝志が今更私に惚れるとかあり得ないですって!! 普段のアイツを見てないんですか!? 紅葉先輩にゾッコンじゃないですか!!」

「でも絶対に他の子に靡かないってわけでもないじゃない」

「それでも、私はあり得ないですよ。あくまで親友止まり。アイツもきっとそう。紅葉先輩が不安になる事は何もないですよ」

「そう? そうかなぁ……?」

「そうですよ、絶対」


 見た事ないほどに落ち込んだ紅葉の様子に悠は驚きを隠せない。



 それでも度重なる悠の励ましによって気を取り戻した紅葉は勢いのままに孝志へラブコールする事に。今度は逆に孝志の声を聞いた悠が動揺する事になるのだけれども……。


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