第7話 先輩はいつだって勝手すぎる

 俺の誕生日から数日が経ったある日の事。俺はいつもの様に『今日も遊びに行くね!』と送ってきた先輩を迎え入れるべく部屋を掃除しながら待っていると、玄関のチャイムが鳴り響いた。


「孝志くーん、鍵開けてもらってもいい?」

「いいですけど、何かあったんですか?」

「今日は孝志くんに開けて貰いたいな〜、なんて思ってね」

「そういう日もあるんですね」

「あるんだよ〜」


 俺の部屋の合鍵を常備しているはずの先輩の珍しい行動に違和感を覚えつつも、俺は何の抵抗もなくドアの鍵を開ける。

 外で待っていたのはいつもの紅葉先輩と見慣れない


「えっと、先輩……これは……?」

「え? そりゃもちろん、孝志くんのお部屋で同居する為のセットだよ!」

「そんな『当たり前でしょ!』みたいな勢いで言われても……」


 先輩が持ってきた大荷物は二つ。一つは衣服やら化粧道具などの紅葉先輩のみが使うもの。そしてもう一つがペア食器と先輩の母親からの手紙。


「……いきなりすぎません?」

「そういうものよ、人生というのは」

「せめて日付くらい教えてくれません!? 心の準備とか全くできてないんですよ!!?」

「予知能力を人間に授けなかった神様に恨むことね」

「先輩自身に文句言っているんですけど!!?」

「一体私が何をしたというのかしら?」

「全く心の準備させてくれなかったじゃないですか! 昨日だって遊びに来てたのに今日の事言わずに、キスの事で揶揄って帰ったし!」


 先輩はいつだって勝手だ。同居の話を持ち出してきたり、先輩自身が色々と抱え込んでいることを隠してキスを拒み続けてきたり、かと思えば朝食中にキスをしてくるし……。

 今日だってそうだ。同居の話は知っていてもそれがいつからだとは聞かされていない。聞いても『んー、いつがだろうね〜?』と誤魔化されてきた。

 しかも、俺が怒っているのにもかかわらず先輩はドヤ顔やらとぼけ顔をして、俺の話に身が入っている気が全くしない。


 むしろ、俺のヤキモキした反応を見て楽しんでいるのでは、と疑ってしまう。

「だって、初めて君とキスした時の反応を思い出したら、ついね? 目を蕩けさせてキスの余韻に浸ってるんだもの」

 ニコリと口角上げてそう言う先輩を前に、そう思わずにはいられなかった。


 この間の白セーターとは違い、かっこよさを醸し出した黒のレザージャケットを羽織った先輩。

 しかし、そのかっこよさをよく見てみれば胸元や腰周りがぴっちりとしていて、先輩の元々持つセクシーさが強調されているではないか。


 かっこよさとセクシーさ、そしていつもの揶揄い顔。俺を動揺させるのに十分過ぎる組み合わせだった。


「そりゃあの時は人生初めてのキスだったわけですし……」

「で、終わったら終わったで、悶々としちゃったんだ?」

「して……ませんっ!」

「誤魔化さなくたっていいのに〜。私は悶々としたよ〜?」

「……そうなんですか?」

「あ、えっちな顔してる〜。このすけべ〜〜」

「なっっ……!」


 また揶揄われてしまった。しかも図星を突かれる形で揶揄われてしまったのだから、いつも以上にダメージがでかい。

 いや、むしろ紅葉先輩とのキスで悶々としないはずがないのだ。一目見ただけで大勢の人を魅了してしまうプロポーションに、度々揶揄ってきてもどこか憎めない明るい性格。

 そんな恋人の口から自分とのキスの後悶々としたと聞かされれば、えっちな顔になってしまう。ならざるを得ない。


 普段はのらりくらりとしてる先輩がどんな風に悶々とするのか。どんな表情をしながら悶々とするのか。……どんな艶っぽい声を出すのか。

 先輩の事を考えれば考えるだけ、ドツボにハマっていく。


 と、俺が先輩の言葉に振り回されていると、突然真剣な表情に切り替わる。

「とまぁ、冗談はさておき、昨日言わなかったのは勇気が無かったからよ」

 そう言いながら。


「勇気?」

「そりゃあ、私だって乙女だもの。いざ同居ってなった時に、君に変なところを見せて嫌われたくないの」

「ま、まぁそうですよね」


 一瞬、先輩が何を言っているのかわからなかったが、やっぱり先輩もちゃんと人間で女の子で、先輩なりに思い詰めているものがあるのだと実感する。

 それに俺だって見られて困るものはこの間のエロ本以外にもまだある。それは先輩も同じだろう。物質的なものに限らず、弱いところや心の奥にあるものは出したくないものだ。

 俺は酔った勢いで、先輩は初キスの直前に少し漏れ出てしまったけれども。


 しかし、それが先輩にとってのきっかけになったようで


「でも結局、君と長く一緒にいたいって気持ちには勝てなかったよ。自分の変なところを見られるよりも君の変なところを見たい気持ちが勝っちゃった」


 そう言って、揶揄う時の笑顔ではなく、紅葉先輩の本気で恋する笑顔が俺に向けられる。

 そんな先輩の笑顔に俺は初キス以上の悶々とした気持ちに襲われるのだった。


 ───あぁ、先輩にはやっぱり敵わないや。


 そう心の中で呟きながら。

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