第36話 目に入るは白光の美少女
「あぁ……暇だ……」
大学を終えて、今は夜の八時。
特に意味もなくソファーに身を埋める俺は、まるで溶けかけてるスライムのよう。
無気力で、生気もなく、ただそこにいるのみ。
そんな“人の形をした何か”になっている。
「先輩が部屋にいないと、こんなに暇なんだな……。飯もあっという間に食べちゃったし、課題は大学で終わらせてきちゃったし、これからどうしよ……」
先輩との食生活に慣れてしまったからか、朝食同様しっかりと食べるようになり、キッチンにはハンバーグを焼いた匂いが換気扇を回しているのにも関わらず残っている。
部屋で先輩とイチャイチャする事が日課になってしまったからか、先に大学で課題やら勉強やらを済ませる癖ができてしまった。
その為か、先輩が今日いないのにも関わらず家でやる事がほとんどないという事態になってしまっている今現在。
そして、悩んだ末に俺は───
「……お酒でも飲むか」
もう一つの日課になってしまった晩酌をする事にした。
キッチンの収納から先輩の好きな甘いお酒を取り出す。
けれど、ただ取り出すだけには留まらない。
「せっかくだし、混ぜてみるか」
唐突に閃いた事を俺は口にしていた。
キッチンから持ってきたのはもも酒、そして蜜柑酒。瓶の中身が半分になっているそれらをコップに一対一で入れていく。
桃と蜜柑。何も不思議な混ぜ合わせではない。缶詰でもよくミックスであるくらいなのだから。
もも酒のとろ〜ぉっとした流動性と、蜜柑酒のさっぱりした柑橘系の香りが混ざり合い、トロピカルな雰囲気がコップの中から伝わってくる。
自然と生唾が溜まり、物欲しくなってしまう。
「……今日くらい、いいよな」
先輩のいないところで飲む事になるそのお酒は、どこか禁忌のものな気がしてならなかった。
混ぜたのは先輩がいつも飲んでいるもののはずなのに、出来上がったのはいつも以上に甘美な雰囲気を漂わせる未知のお酒。
よく考えてみれば、誰もいないところでお酒を飲むのは今回が初めてかも知れない。
そう考えると、また目の前のお酒に未知の恐怖を強く覚えてしまう。
いつもは先輩と甘くイチャイチャしているだけに、お酒に酔っていると言う感覚を強く感じてこなかった。
いや、先輩がいたから酔いを誤魔化せていて、お酒の怖さに直面する事はなかったのかもしれない。
今、目の前にあるお酒は濃さにして十五パーセント。いつも先輩と飲んでいるのとほぼ変わらない濃さではあれど、量が違う。状態が違う。気持ちが違う。
徐々にトロピカルなお酒から身を遠ざけようとした刹那の事。
プルルルル……!
聞き覚えのある着信音。それでいて特別な着信音。
「……先輩?」
それは救いの電話だった。
寂しさすら覚えていた瞬間に電話をかけてくるのだから、俺の気持ちは遠く離れていても伝わっているのかと勘違いしてしまう。
『は〜い! 孝志く〜ん! 本日二回目のラブコールですよ〜っ!』
昼と打って変わってビデオ通話。明るく元気な先輩の横に見慣れない白髪の美少女が赤面しながら手を振っている。
「……えっと、どちら様?」
『ど、どちら様ってひどいなお前! 私だよ、私! 悠に決まってんだろ!』
「悠って……はぁっっっ!?」
声は紛れもなく悠そのもの。口調も間違いなく悠だ。それだと言うのに、今ビデオ通話越しに見ている光景が信じられなかった。
頑なに人前でフードを外す事を嫌がっていた悠が、今こうして素顔を晒しているのだから。
そしてその素顔は、思わず見惚れてしまうほどの真っ白な美少女だと言うことに驚きを隠せない。
いや、驚くなと言うのが難しい。
何せ、先輩を求めて電話に出たのにそこに飛び込んできたのは素顔を晒した親友なのだから。
『ふふふ、驚いた?』
「そりゃ、驚きますって……どんな手を使ったんですか?」
『そんな、恋人をまるで疑うみたいに』
「じゃあ疑われるような事はしてないんですか?」
『もちろんしてないわよ!』
ドヤ顔を決め込む恋人に俺は真っ先に疑いの目を向けてしまうのは、きっと紅葉先輩の普段の行い故なのだろう。
先輩自身を疑うと言うよりは、先輩のいつもの行動が悠に向けられていないかが心配なのだ。
「紅葉先輩はこう言ってるけど、実際のところはどうなんだ悠」
『……まぁ、ちょっと色々されたわ』
『悠ちゃん!!?』
「やっぱり……」
案の定、先輩の揶揄いたがりが悠にも向けられていたようだ。
逆に言えば、それだけ先輩が悠に心を許している事にもなるのでそれはそれで喜ばしい事なのだが、その反面、どこか心がモヤっとしてしまう。
まぁ、そのモヤモヤは───
『あ、でも安心して? 私の身と心はず〜っと、キミのだから』
先輩の言葉一つで治ってしまうのだけれど……。
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