第25話 風呂場、されど口は乾き、背中に柔らか
ここは風呂場。ピチャリピチャリと水滴が床のタイルに落ちる音が時折響き渡る空間。
声を出せばそれは反響し、どこか異界にでもいるかのよう。
そんな場所で俺は───
「それじゃあ、じっとしててね〜? 遅かれ早かれ見せちゃう事にはなるだろうけど、私にも心の準備があるから」
「分かってますよ……」
「おっぱい見せるのはお預け、ね?」
「わざわざ言わなくてもいいと思うんですけど!?」
バスタオル姿の紅葉先輩と二人っきり。
仄かに湿気ったバスタオルを身に纏って背後に回る恋人の姿を、目の前の鏡が余す事なく映し出す。ばっちり曇り防止コーティングされている為、目を逸さぬ限りは先輩のあられも無い姿が後ろを向かずとも目に入る。
もちろん、その手前には緊張してガチガチの自分が映り込んでいるのだが……。
「ごめんごめん、恥ずかしがって耳まで真っ赤な孝志くんが可愛くてつい」
肩口に顔を覗かせ、緊張で赤く染まった耳元で『可愛い』と呟く紅葉先輩。それに釣られて、ビクッと肩を震わせ先輩を喜ばせてしまう。
……どうしてこうなった。
時は戻って、リビング。
「それじゃあ、パラパラ〜ってページ捲るから適当なところでストップって言ってね?」
そう言って、先輩が顔の前にエロ本を広げていく。もちろん、それは先輩が俺に所持を許した『先輩を意識できるもの』。
自己顕示欲が強いのか、はたまたただの不安からくるものなのか、俺にはわからないけれども、少なくとも俺が悠を部屋に入れてた事で先輩を不安にさせた事実は変わらない。
先輩の言葉を受け入れるしかないのだ。
ただ、それでも僅かながらの抵抗感は残っている。
「えっと、俺が選んじゃダメなんですか?」
「だって、孝志くんが選ぶと控えめなのにしそうだし」
「うっ……!」
どうやら、先輩にはお見通しのようだが。
いくら、先輩へのお詫びと言えど『なんでも出来る』という訳では無い。控えめにしなければ、抑えが効かない。仮にうまく抑えが効いたとしても、先輩が掻き乱さないとも言えない。
少なくとも───
「控えめじゃ、私がキミの恋人だって教え込めないじゃない」
「じゃあ先輩が選べばいいと思うんですけど」
「それじゃあ、私がシたいみたいでちょっと恥ずかしいじゃない」
「先輩の恥ずかしいポイント、よくわかりませんよ……」
「とにかく、孝志くんは私が恋人だって事を再認識しなきゃなの! 分かった!?」
「は、はい……っ!!」
今、この瞬間ですらドキドキしているのだから。
目の前には過激な格好をした美人。本から少し視線をずらせばさらに美人の恋人が少し顔を膨らませている。
そんな状況の中で俺はパラパラと捲られるエロ本の中から先輩にシて貰うことを選ばなければならない。
よりによって、先輩を想って一人でコソコソやっていた本で、だ。
これが恥ずかしくなくてなんだというのだろうか。
先輩には俺が先輩を想いながらコソコソしていた事は、前のエロ本仕分けで大体バレてしまっている。
つまりは先輩には俺の趣味嗜好はお見通しと言うわけだ。
そして───
「じゃあ……ここでストップで……」
運がいいのか悪いのか、『一緒にお風呂』のページを引き当ててしまい、現在に至る。
「それじゃあ、背中洗うわね。痒かったり痛かったりしたら遠慮なく言ってね〜?」
「は、はい……」
先輩の優しい声が風呂場全体に反響していく。まるで体全体で聴いているかのような先輩の声に安心する反面、今からされる事により一層の羞恥を覚えてしまう。
後ろを向けば、ボディーソープをたっぷり付けたスポンジを持ったバスタオル一枚巻いただけの紅葉先輩。風呂場の湿気でピタッと体に張り付いたバスタオルが扇状的で、まともに見る事すら出来ない。
「やっぱり緊張してる?」
「そりゃもちろん、緊張しますって……」
「キスしないでお風呂場に連れ込んじゃったのはまだ早かったかなぁ」
「キスされたらそれこそ、緊張どころじゃない気が」
「いっぱいムラムラしちゃう?」
「……まぁ、はい」
「孝志くんのえっち」
「〜〜〜っっっっ!」
口の渇きを感じると同時に耳元に先輩の吐息が吹きかかり、声にならない叫びと共に体の熱が跳ね上がる。
先輩の何気無い一言一言が、体の熱を引き上げてキリがない。
今日はまだお酒を飲んでいないのに、どこか頭がふわふわしていて現実味がないので、不思議だ。
風呂場にいるせいなのだろうか……。
「ふふふ、耳、また赤くなった。可愛いね、孝志くん」
「そ、そういうのはいいんで、早く背中洗ってくださいっ!」
「はいはい。孝志くんは恥ずかしがり屋さんだもんね〜」
酔った時と近い感覚に襲われている俺とは違い、いつも通りの先輩。
そう、いつも通りの揶揄いたがりの少し意地悪な恋人。
それでいて、少し過激だ。
「そんなキミのもっと恥ずかしがる姿、見たいからちょっと変わった方法で背中洗ってあげるよ」
耳元には先輩の声。背中にはスポンジとはまた違う、柔らかな感触。それが何かは、俺にはすぐに分かってしまった。
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