第47話 今日は私の番

「孝志くんをお嫁にしたい!!!」


 恋人の部屋に戻ってくるや否や、私は早々にそんな事を口走っていた。特に考える事なく、ただ反射的に。本能で、孝志くんに一緒にいたいと思ってしまった。

 目の前の女子力を見せつけられたら……彼氏だろうがお嫁さんにしたくなると言うもの。


「あの、先輩? 昨日の結婚発言が唐突だったのは申し訳ないと思ってはいるんですけど、まさか自分の性別がわからなくなるまで混乱してます? 先輩がお嫁さんになるんですよ?」

「だって、こんなんじゃどっちが女の子かわからないじゃない!!!」

「えぇ……」


 困惑する孝志くんを他所に、私は彼が用意していたであろうフレンチトーストの元を見て愕然としている最中。

 一方、私の手には昨日、悠ちゃんの家で失敗した鍋料理。鍋料理と言っても、切って、鍋に入れて醤油みりん砂糖で煮ただけの簡単ぶっ込み料理。そんな簡単ぶっ込み料理すらも失敗した私の目の前に広がるのは、オシャレの入り口たる手作りフレンチトースト。


 女の子なら誰しもが食べたくなるような理想の朝食メニューを孝志くんが作って、私は茶色料理を失敗。もはや、どっちが女の子かは明確だろう。そう、男の子の孝志くんが女の子です。


「あの、先輩? 昨日の俺の言葉に動揺してるのはわかるんですけど明らかに動揺し過ぎですよ。俺は男で、女の子は先輩ですよ」

「男の子でもお嫁さんになれるかもよ!?」

「いや、なれないですし、ならないです。なるのは先輩ですよ」

「二人でお嫁さん……?」

「お嫁さんは一人ですよ、先輩」


 私の動揺なんてなんのその、孝志くんは粛々と私の動揺をほぐしていく。そんな冷静な彼に心のどこかで「敵わないなぁ……」と思いながら、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

 落ち着いてきたはいいものの、それと同時に恥ずかしさが押し寄せてくる。


 しかも、孝志くんは孝志くんで冷静すぎる。冷静すぎて───

「……さっきまでのは、忘れてちょうだい」

「いや、無理ですよ。それに可愛かったですよ、さっきのあたふたしてる先輩も」

「それじゃあまるで普段も可愛いみたいじゃない」

「……? そう言う意味で言ってたんですけど」

「〜〜〜〜っ!!?」

 今日は私が揶揄われているみたい。


 孝志くんの目はただ、真っ直ぐに私を見つめて、そこに邪悪な念は感じられない。私のとはまるで大違い。ただの純粋な、私を大好きな瞳。どこまでも吸い込まれてしまいそうな、私が恋に落ちてしまった瞳。


 サークル───飲み会サークルで無理矢理襲われそうになった時、助けてくれた時の瞳。勢い余って、孝志くんが私に告白してきた時の瞳。ドジな彼に、恋をしてしまった時の瞳をふと思い出す。

 その時の孝志くんは「こんなカッコ悪いタイミングで言うつもりはなかったんだけどなぁ……」と言って、告白を取り消そうとした。そんな彼の真摯さにますます恋に落ちていく。気づいたら私は───お母さんにどうしたら好きな男の子を落とせるかの相談をしていた。

 その相談結果の一つが、悠ちゃんの家で作ってきた鍋料理なのだけれども。


「鍋、開けてもいいですか?」

「いいけど、失敗してるよ?」

「いいんですよ。先輩の手料理が食べたい気分なんですから」

「だったら今から新しいのを───って、材料置いてきちゃったわ」

「だから、その鍋のを食べるので大丈夫ですって」

「私が大丈夫じゃないのぉ!!」

「でも、俺が作ったフレンチトーストあっという間に平らげたじゃないですか。明日の分も用意してたのに、見事にすっからかん」

「だって、美味しかったんだもの……」

「俺も先輩の美味しい鍋料理食べたいですよ」

「だから失敗しておいしくないってば」

「そんな部分を含めて美味しく食べますから」


 どうして失敗してると言うのに、孝志くんは頑なに食べようとするのだろうか。新しく作り直したものの方が美味しいのに、彼は失敗したのを食べたがる。

 しかも、『俺の料理を食べたんだから、俺にも先輩の料理を食べさせろ』と言わんばかりにぐいぐいくる。

 そんな事されてしまえば、今の私には断りきれないのを分かっててやっているのだろうか。


「不味くても、補償しないからね」

 そう言って、私は鍋の蓋を開けて中身を披露する。

 すっかり冷めてしまった、普段より甘くなくて塩っぽい───ぶり大根を。

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