第48話 容赦のない先輩に想いは止まらない
「先輩、今から一緒に飲みませんか?」
鍋の中身───先輩お手製ぶり大根を見るや否や、唐突にそんな事を言っていた。
いや、言わずにはいられなかったが正しいのかもしれない。
「今からって、まだ昼前だよ? いくら今日は学校がないからって、はしゃぎすぎよ」
「仕方ないじゃないですか。昨日のお酒は───楽しくなかったんですもの」
「楽しくなかったって……あっっ、私のお酒が少し減ってる!!」
「すみません、寂しくてつい」
「……そんなに寂しかったのなら、早く帰ってきてって言えばよかったのに」
「そんな事したら、せっかくの先輩の楽しみを潰しちゃうじゃないですか。それは絶対に嫌です」
「でも、プロポーズはしちゃうんだ?」
「うっ……」
弱い部分を見せたことで、紅葉先輩の調子が戻ってくる。シュンとしていた様子からじわりじわりと元気が漲ってきているのが目に見えて分かった。そうでなければ、俺に注意しながら冷蔵庫にある缶チューハイのチェックはしないだろう。
それに、先輩の口元がニヤニヤし始めてきているのだからもう確信的だ。
そしてその様子の先輩は───容赦ない。
「どうしてプロポーズしちゃったの〜?」
「だって、それは。先輩があまりにも可愛くて……こんな生活がずっと続けばいいなぁ……って思ってたら口に出てて……」
「ふ〜ん……」
あぁ、先輩の調子がまた上がってしまう。先輩の口角が上がっていく。
そしてまた揶揄いが始まる───。
「それで、どうして今お酒飲みたいの? 教えてくれたら飲んでも、いいよ〜?」
「とか言って、一緒に飲む気満々ですよね。しかも、ガッツリと。ちゃっかり四本持ってきてますし」
「そりゃ、孝志くん直々のお誘いだもの。ガッツリ飲まないとね〜」
さっきまでの鍋の事でウジウジしていた先輩はもうそこにはいなかった。ただただ、お酒の大好きな先輩が目の前にいる。俺の大好きな、好きなものを隠さない憧れの先輩。隙あらば揶揄ってくる、俺には勿体無いくらいの───恋人。
「で、どうなの? 理由のところは」
ソファーの真横に座る恋人。ふわりと漂う甘い香り。ただそれだけじゃない、ほんのり薫る、醤油の匂い。それでもやっぱり、心が満たされてしまう先輩の柔肌に気が持っていかれてしまう。
シャツ越しだと言うのに、ふにゅりと吸い込まれていく魔性。さっきまで考えていた事が全て消えてしまうくらいに、俺は先輩の動作一つ一つにメロメロだ。
そんな俺に、もう失うものなんてなかった。
「……先輩のぶり大根見てたら、先輩とイチャイチャしたくなったんですよ」
「───へ?」
「だからぁ! 先輩とイチャイチャしたくなっちゃったんですってば!」
本音をぶちまけてしまっても今の俺には痛くも痒くもなかった。むしろ、心のモヤが晴れて清々しいまである。
けれど、それはただの一瞬だけだった。
「えっと、つまり……酔った勢いでイチャイチャしたいって言えば、お酒のせいにできるって思ったってこと?」
「……はい」
先輩の言葉で今の俺の状況を聞かされると少し恥ずかしさが込み上げてきてしまう。お酒のせいにするなんて、男としてどうなのだろうか。そんな事が頭によぎってしまう。
けれど、現実はそうではなかった。そんな事は先輩にとって、些細な事だった。
「あはははは! 孝志くんってば悪い事考えるようになったねぇ〜。そんな事しなくても、私はいつでも孝志くんとイチャイチャするのはいつだってウェルカムだよ」
お酒のせいにする事を『そんな事』と笑いとばす紅葉先輩。それどころか、イチャイチャを待ってるとまで言ってくる。
なぜなら───
「だって、結婚するんでしょ、私たち」
紅葉先輩は、もう覚悟を決めてしまったみたいだから。
俺はまだ、昨日の言葉に少しばかり後悔していると言うのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます