第46話 一晩明けて、私思う
「昨日は色々と迷惑かけちゃってごめんね? 今度埋め合わせするから」
一晩明けて、私は悠ちゃんの部屋を出る。背中には飲みきれなかったお酒。そして手提げには昨晩大失敗した料理が丸々入っている。
「別に置いていっていいのに。砂糖と塩間違えるくらい、私だってよくありますよ?」
「ううん。これは私なりのケジメ。自分のやらかしは自分で決着つけないと気が済まないのよ」
「まぁ先輩がそう言うなら私は止めませんけど……」
悠ちゃんは持って帰らなくていいと今朝から何度も言ってくれるけど、それは私自身が許せない。お母さんとの特訓の成果、そして自分の心の弱さを悠ちゃんに処理させるわけにはいかない。
私の失敗は私が抱え込まないとね。
そんな私の思いを汲んでなのか、鍋に関しては悠ちゃんは何も言わなくなった。
「ねぇ、悠ちゃん。私、これから孝志くんにどんな顔で会えばいいと思う? どんな表情で彼の部屋に戻ればいいと思う?」
時刻は朝の九時。普段ならとっくに朝食を食べ終えて、孝志くんとイチャイチャしていてもおかしくない時間。手を繋ぐフリして彼の腕を私の柔らかな谷間にムギュッと押し込んで、愛おしい人の表情を楽しんでいてもおかしくない時間。恋人と───素敵な時間を分かち合えていたはずなのだ。
私がサプライズで孝志くんの家に戻るのを躊躇わなければ、こんな事にはならなかった。
もっと言えば、孝志くんの言葉に動揺しなければ───『結婚』の言葉に戸惑いを感じなければきっと今頃……。
そんな事を考えていたら、気づけば私は悠ちゃんに変な質問をしていた。
「……はぁ?」
私の質問に、素っ頓狂な声を上げる悠ちゃん。こう言う時、悠ちゃんは素直な反応してくれるから変に気を遣われなくていいのが好き。
それに返ってくる言葉もストレート。
「どんな顔で会えばって、そんなのいつも通りでいいじゃないんですか? いつもみたいに孝志を揶揄ってやればいいじゃないですか」
「それはわかってるんだけどねぇ……なんていうか、自分が情けなく思っちゃって……」
「もしかして、昨日の孝志の言葉まだ引きずってるんですか? 結婚だとか言ってたやつ」
「もちろんよ。あんな真剣な孝志くん、久しぶりに見たわ」
どこまでもストレートな悠ちゃんとのやりとりに私の動揺も今更ながら落ち着いていく。
昨晩のやらかしにウジウジ悩んでいた寝起きの自分が嘘みたい。孝志くんがたかだか一つや二つの失敗くらいで私から愛想を尽かすわけないのに。自分が本気で愛した男がそんな軽い男だったのなら、そもそも本気で料理を母から学ぼうだなんて思わない。せいぜい、簡単な料理を振る舞うくらい。
多少の手間がかかる煮物料理なんて、自分一人だけだったら絶対に覚えない。孝志くんがいたから私は本気になれた。
そう、本気だったはずなのに……
「あ〜あ〜、覚悟決めたつもりだったんだけどなぁ〜」
どうやら、彼から本気でアタックされるとは思いもしてなかったみたい。
昨日の言葉は勢いのままに出てしまったのかもしれないけれど、二回目の言葉は真剣そのもの。顔は赤く、きっと動揺してなかったら間違いなく『りんごみたいで食べちゃいたくなるわ』とからかっていた事だろう。それくらいに可愛く、それでいて───また惚れてしまうくらいにカッコよかった。
だからこそ、孝志くんの言葉を受け止める覚悟ができてなかった自分に驚くばかり。あれだけ毎日アプローチしているのに、いざアプローチされたらこのザマなんだから。
けれど、世間では昨日の私の反応が普通のようだ。
「覚悟って、私たちまだ大学生ですよ?」
「でも成人よ。いつ結婚してもおかしくないわ」
「……もしかして、結構本気ですか?」
悠ちゃんが少し、いや、かなり怪訝な表情をしているから。
「当たり前じゃない。私は本気で孝志くんと結婚していいと思っているわよ」
「…………そりゃ負けるわ」
「負けるって?」
「いえ、こっちの話です」
悠ちゃんの言う勝ち負けがなんの事か、少し分からなかったけれど、それでもやっぱり私の覚悟は少し世間とは違うみたい。
けれど、それでいいんじゃないかなと私は思う。だって、好きに理由はいらないように、大好きを独り占めしたいのにも理由はいらないでしょ?
そう考えていると、自然と私の気持ちが落ち着いていた。
「とりあえず、お昼に戻るって言ってある孝志くんのところに早めに戻って、少しだけ揶揄ってから考える事にするわ」
「なんだ、やっぱりいつも通りじゃないですか」
「いつも通りにやってないと、落ち着かないだけよ」
やっぱり、私と孝志くんとのコミュニケーションは揶揄っている最中が一番楽しくて、ドキドキする。そのドキドキを味わいながら、昨日の続きをしよう。きっと、孝志くんだって許してくれる。
一刻も早く孝志くんに会いたくて仕方がない私。玄関でのやりとりは続いていると言うのに、足先は帰り道を示してしまう。
そんな私に悠ちゃんはニコリと笑いかけながら問いかけてくる。
「先輩、最後に一ついいですか?」
「どうしたの、改まって」
「孝志の真剣な顔を久々に見たって言ってましたけど……それ以外だとどこで見たんですか?」
と。
「そうね……」
悠ちゃんがどんな意図で質問してきたのかは分からないけれど、答える内容はすぐに固まって───
「初めて孝志くんに愛の告白を受けた時かしら」
そう、即答した。
その後、悠ちゃんに「もう、行って大丈夫ですよ」と言われた私はそのまま彼女の部屋を後にした。
愛しの孝志くんの元を目指して───。
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