第45話 一晩明けて、一人で朝食

「あーくそっ! どうして俺は昨日あんな事言ったんだよ……ッッッ!!」


 一晩明けて、俺は自己嫌悪に陥っていた。それもそのはず。なんせ昨日は先輩がいない寂しさと同時に先輩のお酒まで手を出して酔っていたのだから。

 酔いから醒めて、待っていた現実味に悶絶するのは当然の事。それがたとえ、お酒の勢いでなく、結局いつか言っていた事であっても。


 それに、結局先輩は朝になっても帰ってきていない。メッセージアプリには『お昼ぐらいには戻るから、心配しないで』とだけ。返事はまだできていない。なんて返事をすればいいのか分からない。『分かりました』と送ればいいのだろうか。それとも本心の『心配です』と送ればいいのだろうか。

 ダメだ、頭には先輩のことばかり。日曜だから大学は休みだけれども、心はちっとも休まらない。これなら、先輩に揶揄われ続けている方が何倍もマシだ。

 今の、締め付けられるような痛い思いは……これからはもう味わいたくない。


「……朝飯作るか」

 昨日の晩飯に引き続き、朝飯も久々に作る。ただの気休めに飯を作る事になるとは思わなかったけれども。

 けれど、せっかくのいつもとは違う朝の時間。変わった事でもしてみたいと思ってしまう。たとえば───凝った朝飯とか。


 時刻は先輩が起こしてくれる時間とあまり変わらない七時ちょっと前。まだまだ余裕がある。

 それに冷蔵庫の中にはベーコン、卵、バターに冷やし食パンなど朝飯にうってつけなのがいくつも入っている。先輩がいつの間にか買ってきた食材たちに、また胸がキュッと締まる。

 今すぐ会いたくて仕方がない。昨日の返事を聞きたくて仕方がない。

 もっと───紅葉先輩と深い関係になりたい。

 そんな先走る思いを打ち消すように俺は冷蔵庫を思いっきり閉める。


 バン───ッッッ。


 俺がいくら先走ったところで先輩の意思がわからなければどうしようもない。俺は先輩を拘束したいのだろうか? 自分の思い通りに動く先輩が俺は好きなのだろうか?

 いいや違う。俺は先輩が先輩らしくしている姿が好きなのだ。いつもの先輩も、反撃されて少し戸惑う先輩も、昨日のポンコツな先輩も……どんな先輩も先輩らしい反応をしていたから好きが積もっていったのだ。自由な先輩の姿を自分からみれなくしようとして、俺は一体何をやろうとしていたのだろうか。


 冷蔵庫から取り出していた卵や砂糖、そして牛乳をボウルの中でかき混ぜながら思考を落ち着かせていく。材料が混ざり合っていく度に徐々に思考は落ち着いていき、気づけばいかに自分が独り善がりになろうか気付かされた。

 そう、俺は先輩ともっと一緒に暮らしたいのだ。先輩のペースを考えないと、どうしようも何ではないか、と。


「先輩の分、一応浸けておくか……」


 あっという間に完成した、朝食の素。後は食パンを朝食の素である卵液に一定時間浸けてからフライパンで焼くだけ。

 本当は数時間から一日浸しておくのがいいのだけれども生憎、今回のはただの思いつき。今日の朝食は卵液の滲みていない状態でやるしかない。

 そう割り切りながら、俺は今食べる分をタッパーに入った卵液から食パンを取り出すと、そのままそれを溶け始めたばかりのバターの待つ熱々のフライパンの上に落としていく。


 じゅわりじゅわりといい音を立てて焼かれていく、食パンは店で見る“それ”とはまた違う魅力を引き出していた。ひっくり返せば、焼きムラがあって素人が作っているのを実感させられるけれど、それ以上に食パンに染み付いた卵液の匂いがたまらなく食欲をそそる。しかも、バターの濃厚な香りが掛け合わされた状態で。

 もう焼きムラなんて気にしてられない。今すぐにでも、食べたい一心でもう片面が焼きあがるのをただひたすらに待つ。


 そうしているうちに、今日の朝食───フレンチトーストが完成する。


「いただきます」

 待ちに待った朝食を前に俺は手を合わせて、フレンチトーストにフォークを伸ばす。向かいの空席に、意識を向けないようにしながら……。


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