第27話 交わってしまった二人

 時は先輩とお風呂事情があってからしばらく経ったある日の昼休み。


 首筋にはあの時の熱がほんのりと残り、先輩を見る度に今まで以上に気持ちが落ち着かない。

 先輩も先輩で、あまり執拗に揶揄ってこなくなった。


 その代わりに変わった事が一つ。



「はい、悠ちゃんアーン!」

「あ、あーん……?」

「どう、期間限定マロンパフェ。美味しい?」

「ま、まぁ……美味しいですけど……紅葉さんはいいんですか? 隣の恋人、物凄く嫉妬深そうな目をしてますけど」

「大丈夫、あーいう孝志くんも私は好きだから」

「あ、そうですか。先輩がいいなら別に気にしなくていいですね」

「いい訳ないだろ!? 少しは俺の方にもフォロー入れろよ!! その特大マロンパフェの代金払ったの俺だぞ!!?」


 なぜか、恋人である紅葉先輩と親友である悠が俺の眼の前でイチャイチャしているのだ。

 しかも、二人ともこの状況に疑問を持ってすらいない。

 ついでに財布の中身はすっからかんで、代わりにパフェの代金三千円が書かれたレシート。

 普段からもっと手持ちを持って置くべきだったなぁと思いながらも、隣に座る恋人とその正面に座る親友に違和感しか無かった。


「だから、紅葉さんに聞いてみたじゃない。『隣の恋人は大丈夫ですか?』って」

「でもすぐに、先輩の言葉で諦めたじゃん! 先輩も、先輩でどうして悠と三人でお昼にしてるんですか!? 先輩に呼び出されて少し期待してたのに……っ!!」

「まぁまぁ、いいじゃない。今日はちょっと悠ちゃんとお話ししたくて呼び出したのよ」


 違和感に戸惑いを持つ俺とは真逆に、あっけらかんとした様子の親友と恋人。

 まるで他人事のような悠と、俺が怒っている様子を見て少し口元を緩ませる紅葉先輩。

 一人だけでも厄介なのに二人合わせれば、当然のように厄介だった。


「悠と二人で話がしたいのなら、俺呼ぶ意味はなくないですか?」


 今の状況から逃げるべく、俺は少しぶっきらぼうになりつつもその場から離れようと試みた。


「どうせなら孝志くんにお昼奢ってもらわないか、って悠ちゃんがね」

「初めっから集る気だったろ、お前」

「だって、今月はちょっとピンチで。孝志ならなんだかんだで奢ってくれるかなぁって」


 イタズラにニコリと笑う恋人と、悪気なく猫撫で声を出す親友の合わせ技に俺はあっけなく陥落。

 息の合ってしまった二人に敵うわけも、逃げられるわけもない。

 そう感じ取ってしまった俺は、立ちあがろうとしていた気持ちを鎮める事にした。


 その代わりに

「というより、俺なしでも連絡取り合うくらい二人って仲良くなるきっかけってあったけ?」

 そう言って、二人の息が合った引き金は何だったのかを聞くことにした。


 が、これが良く無かった。


「ん? バーであった時に交換したもの。そりゃ仲良くなるわよ」

「お前、気づいてなかったのかよ」

「あの時は酔いがひどくて……」

「情けないな。どう思います、こんな恋人」

「私はとても可愛いと思うわ。むしろ、ドロドロに酔わせて食べちゃおうかなって思ってたくらい」

「流石ですね。あの後、マスターに聞いたらハイペースでそこそこ強いカクテル飲むのに全然悪酔いしてるところ見ないって話題になってましたもの」

「いや、思考が悪酔いよりタチ悪いんだが」


 親友は酒に弱い俺を小馬鹿にして、先輩は先輩でいつものように揶揄う。しかも、先輩に至っては揶揄いを超えて『食べちゃう』宣言。

 この間の風呂場の件と相まって、先輩の宣言にリアリティを覚えてしまい鳥肌が止まらない。


 けれど、その鳥肌は決して嫌なものではなく、むしろ現実にして欲しい欲望からくる『武者震い』に近いものかもしれない。

 そんな俺の様子は先輩には当然のように伝わっている。


「……肉食な私は嫌い?」

「……嫌いではないですけど」

「好きって、言って」

「愛してる、って言ってもいいですか?」

「いっぱいキスしてくれたら許してあげる」


 裾をクイっと引っ張られて先輩の方を見てみると、恍惚な表情で俺を見つめる恋人がそこにはいた。

 口から出てくるのは、ただ単純な言葉。好きだからこそ出てくる、シンプルな言葉。


 キスを求める真紅の女神。キスだけでいいのだろうか。

 あの時、首筋にキスをしてくれたように、熱っぽい吐息も見せる紅葉先輩。


 じわじわと迫り来る甘い雰囲気───。


「あの〜、流石に私の眼の前でイチャつかれるとせっかくのパフェが甘くなり過ぎるんで勘弁してください」

「「あっ、ごめんなさい」」


 悠の目の前で繰り広げて無かったら、どれくらい長く続いたのだろうか……。








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