第28話 あの日のキスの意味
「で、結局先輩は何がしたかったんですか? 絶対、何かありますよね?」
悠の冷ややかな目線から目を逸らしながら、俺は紅葉先輩に事情説明を求める。
色々と言葉足らずの先輩ではあるけれど、行動の裏には何かしらの行動原理がある。
例えば揶揄いたいからとか、イチャラブしたいからとか、お仕置きがしたいからとか……。
今回もきっとそれらには当てはまらない何かしらの思惑があるのだろう。
ニヤニヤとしながらも、どこか申し訳なさそうな先輩の様子にそう考えずにはいられなかった。
もっとも───
「ん〜、そうね。この間はちょっとやり過ぎたなぁって反省したのよね」
「この間?」
「お風呂の事よ」
「……っ!」
口に出す内容くらいは考えて欲しいものだけれども。
「お風呂ってアンタもしかして、そこまで進んでるの?」
案の定、向かいの席に座る親友から険しい声が飛んでくる。
「ち、違うからな!? ちょっとお酒に酔った先輩に襲われて、止むに止まれなかっただけだからな!!?」
「って事は、一緒に風呂に入った事は認めるんだな、この変態め」
「理不尽すぎだろ」
慌てて悠に事情を訂正するも、余計に悪化してしまった。
どうしてだろうか……。
俺はただ、事実を伝えただけなのに……。
「あはは、変態さんだって〜」
「誰のせいだと思ってるんですか、誰のせいだと」
俺が悠に『変態』と言われる原因になった恋人はヘラヘラと笑っている。頬を赤らめながらもそこに申し訳なさがあるのだから、怒る気になれない。
むしろ怒るべきは俺ではなく、紅葉先輩。
「私の知らない間に悠ちゃんを部屋に上がり込ませていたキミ自身のせいだよ」
「あー、それはお前が悪いな。エロ本の為とは言え、な」
悠に友達以上の感情を抱いていないとは言え、デリカシーに欠けた俺が悪いのだから。いくらエロ本を隠す為とは言え、他にもやりようがあったと反省している。
が、問題の先輩は怒るどころか、エロ本を持つ事を許してくれているのだから驚きである。もちろん、全てのエロ本が許された訳ではないけれど、それでも先輩と健全な同居生活を送る中では大事なものだ。
まぁ、悠を部屋に上がり込ませてしまった事に関しては『はいそうですか』で済む事はなく
「ちなみにそのエロ本にあったお風呂のシーンを再現してあげたわ」
「その様子だと、満足する反応をコイツがしたって事ですかね?」
「とっても可愛かったわよ〜」
「可愛いってさ。よかったな」
この通りである。
「可愛いと言われて俺が喜ぶと思ったのか? 先輩も、余計な事言わないで下さい! 悠が調子乗るんで!!」
「え〜、事実なのに〜」
「それは先輩の幻覚です! 俺は男ですからね!!」
「男の子でも可愛くていいと思うんだけど」
「そんな真顔で言われても……。俺、別に可愛くなろうなんて思ってませんし……」
「実は?」
「本心から男らしくなりたいんですよ。悠も、変な事考えてるの顔でわかるからな?」
「チッ」
二人がかりでの怒涛の攻め。片や女友達を部屋に上がらせた俺への意地悪。片や親友が恋人に揶揄われているのを便乗。
そんな二人を前に、攻められっぱなしと言うのもアレな為必死に食い下がっていると、悠は不機嫌に舌打ちをする。
先輩も先輩でニヤニヤと楽しそうだ。
俺もまた、楽しそうに笑う先輩を見て少し気持ちに素直になる。
「むしろ、先輩の方こそ、自分が可愛いって自覚してくださいよ。急にこの間みたいな事をされたら、心臓がもたないです」
「この間って、いつの事? 孝志くんを誘惑しすぎていつの事を言っているのか、よくわからないわ」
「……お風呂の時ですよ」
「お風呂……?」
脳裏に浮かぶのはあの日の光景。風呂場で背中越しに柔らかい“何か”を押し付けられた日の鏡越しの光景。
そして───
「背中近くの首筋へのキス、あれをされた時はしばらく動けなかったですもの」
首筋への温かい吐息を吹き付けられた後の、ぷにゅっとした柔らかさを感じたあの瞬間の先輩の蕩けた表情。
いつまで経っても忘れられることは出来ない。忘れられるはずがない。先輩の可愛い部分を忘れられるほど、薄い恋ではないのだから。
紅葉先輩は何も言わない。
いや、言葉らしい言葉を口にせず、ただ『あう……あうぅ……』と顔全体を赤らめて照れている。
そんな先輩を目に、悠はニヤニヤしながら追い詰めていく。
「……へぇ、先輩そんな事したんですねぇ〜?」
そう、言いながら。
『背中へのキス』。そして『首筋へのキス』。それらがどんな意味を持つのかを知っている悠にとって、乙女な一面を見せた紅葉先輩を追い詰めるのは簡単な事のようだ。
俺にはそれらにどんな意味があるのか、わからないけれども。
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