最終話 先輩とのラブコメは終わらない

「孝志くんは後悔ない?」

「何がですか」

「私と結婚したいっていったこと」


 あれから話し合いが終わって、今は夜。酔いはすっかり冷めた。それなのに、先輩への熱は冷めるどころか増していくばかり。


「言ってしまったことには後悔してますけど、言葉自体には後悔なんて微塵もないですよ。もっとカッコよくプロポーズしたいなって考えてたくらいなので」

「孝志くんって意外とカッコつけたがり?」

「意外とってなんですか。先輩にふさわしい男になろうと必死なだけですよ、俺は」

「そんなことしなくても、私には孝志くんしかいないのに」

「……はい」


 先輩の言葉に「はい」以上の言葉が言えなくなる。胸は高鳴り、未だに頬が火照っているような気のする先輩から目が離せない。今の先輩は何も揶揄ってたりしていないのに。

 それだけ俺は先輩に引きつけられてしまっている。


 けれど、それは俺だけじゃなかった。

「それに私だって必死なんだよ、孝志くんにふさわしくなろうって」

「そんな……どうして先輩が……」

「そりゃだって、孝志くんはイイ男だもん。自覚はないみたいだけど、意外とモテるんだよ?」

「まさか。先輩ってば冗談が上手いんですから」

「……冗談じゃないんだけどなぁ」

 どうやら、先輩の方も俺に惹きつけられているようだった。

 一体俺のどこに惹きつけられるのだろうか疑問で仕方ないのだけれども、先輩に好かれるのが嬉しすぎて結局いつも聞けず仕舞い。


 聞かなくても、いいのだ。

「でもまぁ、先輩に突き放されないように頑張りますよ。その為にも───」

 俺が先輩から飽きられないようにすればいいだけの話なのだから。しかもそれは今まで以上に気を引き締めなければならない。

 なぜならば───

「先輩の家族に、婚約の事を話さないとですよね」

「きっとお母さん喜んでくれると思うわ」

「それなら少し安心です」

 今日から俺は、先輩の『婚約者』なのだから。


 流石に、学生のうちに即結婚というわけにはいかない。だからと言って、結婚を諦める訳でもない。先輩に感化されて、すっかり諦めが悪くなってしまった。だからこそ、『婚約者』になる事でお互いに落ち着いた。というより、そうなるようにうまく誘導されたのかもしれない。そう誘導されるように、密かに望んでいたのかもしれない。


 だって、どうやら俺は先輩に振り回されるのが好きみたいだから。自分から先輩にアプローチをかけるのはどうも気が引ける。先輩からの揶揄いを一つ失ったような気分になる。それなら、揶揄われて少し困る方がマシだ。その方が、俺と先輩の付き合い方らしい。


 それは同棲を始めてからも、その前からも、そして婚約を交わしてからも変わらない。俺と先輩との生活は始まったばかりなのだから。


 そう心の中でカッコつけていたのも束の間。先輩は最後の最後にとんでもない爆弾を用意していた。

「あ、でも覚悟はしててね? うちのお父さん、男の子と同棲してる事反対してたし、絶対婚約の事猛反対すると思うから」

「え、えぇ……」

「だって、孝志くんの事相談してたの、ずっとお母さんだったんだもの〜」


 悪気のない先輩の笑顔に全身の力が抜けていく。確かに先輩の口からお父さんという言葉は聞いてこなかった。それは心のどこかで『母親が許可を出してるんだから、父親も平気だろう』という期待があったから。ちゃんと最後まで、確認をしておけばよかったとひどく後悔する。


 けれど、これはきっと試練なんだろう。先輩と付き合う事を決めた時から覚悟はしていたこと。元々が釣り合っていないんだ。父親に激怒されることなんて、当たり前じゃないか!


「いいですよ。受けて立ちますよ。なんたって俺は、先輩の婚約者なんですから!」


 先輩との同居生活を父親の反対で終わってなるものか!!



 そう俺は決意する。俺はもう二十歳ハタチ。立派な大人。先輩の父親を跳ね除けるくらいわけないさ。

 なんてたって、俺には大好きな紅葉先輩がついているのだから。

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お酒と先輩彼女との甘々同居ラブコメは二十歳になってから こばや @588skb

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