4-13 熾烈
春州に入ってさらに3分ほど。猛スピードの戎軒はあっという間に發明宮の近くに差し掛かった。
「禁軍か? 禁軍が来たぞ!」
秋州と冬州の多くの兵士は明らかに狼狽えている。
あそこにいる朱華色の戦袍を纏っているのが掌だ。
「大宗伯! 禁軍将軍のご助力を頂いた!
俺は目を疑った。
戦場の中央で血を流して蹲っている人物は俺の知っている人だったからだ。矢が刺さっている。
「か、華波さんっ!!!」
俺は叫んで戎軒から降りて駆け寄った。まだ身体は温かい。華波さんはゆっくりとこちらを向いた。
「わ……、航か。あ、ありがとう……。さ、最後まであたいを心配してくれたのは、お前だけだったよ……」
「早く! 手当を!」
しかし、矢は事もあろうに左胸に刺さっている。抜いたらさらに血が噴き出すだろう。真教国の病院は天州のものだ。望みが薄いのは俺でも分かる。
「あ、あそこに、あたいのツレが、シュンがいた……。でも洗脳されてる。あたいに弓を射た。以前のツレじゃない……。は、早く逃げて……」
そう言うと、役目を終えたかのように華波さんは目を閉じた。
「
掌の声だったが、俺の耳に入らなかった。
「将軍! 無礼をお許しください! こいつら全員、追っ払ってください! 従わなければ殺す!」
「汝の知り合いか?」
「そうです。そしていま、そこにいる恋人から殺されたんです。天官冢宰が統べる国はこんなにも無慈悲なのです」
「構わぬ。射ろ」シュンが言った。
矢が飛んでくる。でも俺は、怒髪天を衝くほど怒りに満ちていた。
間一髪で矢を
「航!!」明日佳の声だ。
しかし、痛みはない。正確には痛みを感じなかった。毒矢だと言うが、きっと俺には効かないのではないかという妙な確信があった。
「この国を冢宰に渡してはならぬ! 大宗伯、大司馬と春州、夏州の民をお守りする! 撃て」
「はっ!」
そう言うと、一斉に禁軍軍士は投槍を投じる。騎馬しながらの投擲にも関わらず、空気を劈く音がした。150 km/hはくだらないスピードで投じられ、蜘蛛の子を散らすように敵兵は逃げていく。
一人走って西方向に逃げた敵兵がいたが、銃声とともに倒れた。
「銃声!?」
この国で銃の文明はあまり一般的ではない。使えるとしたら──。思案すると、西の彼方に
天州だ。目を細めてよく見てみると、先頭に冢宰がいる。
「敵前逃亡は許さん。禁軍は新帝である玉置恒巳の命に逆らった。逆賊は成敗せよ」
すると逃げようとした兵は、二の足を踏んだり、禁軍とも天州軍とも離れる方向に逃亡しようとする者もいる。逃亡を企てた者は、天州の銃で一人残らず銃殺される。
仕方なく、秋州と冬州の兵は、禁軍に襲いかかる。禁軍は強いが、武器の文明は遥かに天州の方が強い。
近くにいる秋州、冬州の兵を相手にしていて、遠くから敵味方ごと天州に吹っ飛ばされる軍士もいた。
地獄絵図だった。至るところで血の臭いがする。
掌や明日佳はどうなった。でもそれを気にしている余裕がない。
後門に獅子でも控えていて、前門の虎と戦わざるを得ない秋州、冬州軍。死にもの狂いだった。特に禁軍と相手しても勝ち目がないと悟った多くの兵が、春州と夏州の兵に襲いかかる。俺もまた例外ではなかった。
疲れは知らないが、間一髪で
そのうち、禁軍は天州軍と、我々は秋州・冬州軍と対峙する構図になる。
しかし、無敵のはずの禁軍も、遠方から射出されたミサイルの爆撃には無力だった。禁軍軍士が少しずつ減らされていく。
最後の望みだった禁軍も、天州軍には勝てないのか。
諦めかけたその時だった。
天州軍からの爆撃が少なくなる。
一人、また一人と金色の戦闘服の兵士が倒れていく。
天州軍のさらに奥に、黄色の集団がいる。よく見えないが、天州軍を攻撃しているようだ。あれは──。
「地州??」
地州は、弓矢と投槍のみを使っているようだが、効率よく攻撃している。
「1分後は基点から南西に20
地官大司徒は、予言しているのだ。いわゆる神のお告げに従って。それが正確すぎて、最少の攻撃で的確に天州にダメージを与えている。
そして、さらに目を凝らして見てみると、投槍を放っている兵の1人に瞳志がいる。
「瞳志、生きとったんか」俺はひとりでに
「射手を攻撃せよ。遠隔の砲撃ができる者だけは先に始末する必要がある。また30秒後に他の者が砲台に手をかける。射手を気にしつつ、冢宰に照準を合わせよ」
地官大司徒の正確無比な予言と部下の忠実な実行力で、砲台の射手はいなくなった。天州軍に遠距離攻撃をできる者はいなくなり、いよいよ冢宰を狙った。
「待たれよ、大司徒。これからは小生の時代。なぜ大宗伯を援護する?」
仮面を被った大司徒は押し黙っているが、その前に掌が冢宰が口を開いた。
「な? なぜそう言い切る!?」掌の目つきはこの上なく鋭い。
「
「嘘……でしょ?」
掌は倒れそうになる。俺は再び憤慨する。「何を言うか! お前が殺めたのだろうが!?」
「殺めただって? 貴様!!」掌は拳に血管が浮き出るほど力を入れている。
「病で
「お前自身が『弑し奉った』と言っておったろうが! 俺は聞いた」
「そちの聞き間違いではなかろうか? 小生が
すると、
「冢宰! おのれ! 余に何をしてくれるのだ!」
その声はまさしく下野帝であった。
「何を。汝の演技には乗らぬぞ」
「無礼者! 演技などではない! 余は
「……出鱈目を」
「そちは
「バカな?」冢宰は目を見開いているが、俺も同じくらい耳を疑った。銃で打たれた後、日付が変わるまで帝は生きていたというのか。
「そして、その
「げ、猊下……」
「そちに禅譲はせぬ。勅命を持って命じる。まずこの場にいる、天州、秋州、冬州の軍を下がらせよ。負傷した兵は、全員漏れることなく病院で救命させよ。
「か、畏まりました」
「神無月八日、下野掌が破瓜になった日に、
「ははっ」
「余からは以上である」そう言うと大司徒は魂が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
イタコの能力はないと小司徒の稲益敏は言っていたが、まさしく本物の下野帝の魂が憑依したようだった。それは大司徒の力なのか、それとも死んでもなお帝が持つ霊力なのか、それとも……。
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