4-10 承継

◇◇◇◇◇


 四面楚歌だった。

 手兵は一人、また一人と減らされている。

 先程まで勇んでいたはずのデザイナーズたちが、矢に射抜かれて息絶えていく。

 瞳志はまだ生きているが、脚に流れ矢に当たり、苦しみ悶えている。デザイナーズではないにも関わらず敢闘かんとうしていたが、ここまでか。

 病院は天州が所管する。負傷する兵を手当てする者もいないどころか、繃帯ほうたいや薬品も供給されない。深傷ふかでを負った時点で死を待つしかない状況だ。

「あ、あれは?」残兵の一人が言った。

 春州の周りを覆っている樹木が薙ぎ倒されていく。しかも轟音を立てながらものすごい勢いで。

 敵か。とうとう接近戦で、明日佳たちに攻撃がしかけてきたか。しかし、見えてきたのは、春官大宗伯だった。朱華色はねずいろの戦袍を纏っているので見慣れない姿だが。

「大宗伯殿?」

 みんなきょとんとしている。そして、大宗伯の周りには黄色の甲冑のようなものを着用した兵士が多数。彼らは特殊な武器、というよりは動力工具のようなものだ。端的に言うとチェーンソーである。

「地州に庇護を求めた。遅くなってすまなかった。早く皆こちらへ」

「そ、そういうことですか?」

「説明はあとだ」

 その瞬間また雨のように矢が降り注ぐ。

「早く!」大宗伯は叫ぶ。


 負傷した瞳志は匍匐しながら地州の馬車に乗り込む。この馬車は、華軒みたいに豪奢ではないが、荷台の部分が木製ながら堅牢な装甲で覆われている。

 しかし明は馬車には向かわず、動体視力で矢の動きを観て、かわしている。大宗伯は右手に長刀を持ち、矢を薙ぎ払い、また払えない矢は躱している。二人とも常人離れした反射神経だ。


「明は乗らないのか?」大宗伯が尋ねる。

「あたしは統帥だから、敵前逃亡するわけにはいかないでしょ?」

「殊勝だな。遅くなってすまなかったが私もここに残って戦う」


◇◇◇◇◇



「な、なぜ? 猊下を? 大逆ではないのか?」

「口を慎め、小童こわっぱが」

 俺は目の前の人物を睨む。俺はその人物は、かつて一度しか会っていないが、こんな威圧的な話し方ではなかったはず。しかし特徴的なバリトンボイスは変わっていない。

「冢宰だな? なぜ殺めた!? なぜお前が帝位を承継する!? 答えろ!」

 猊下が討たれてから10秒、20秒と時が過ぎるほど、怒りと無念がこみ上げてきた。

なんじ無知蒙昧むちもうまいぶりには辟易する。これは大逆ではない。禅譲放伐の教義ゆえ。下野掌は猊下と基因ジーインによるつながりはないが、親子関係として同じ姓を踏襲している。禅譲の教義に反する猊下は放伐せねばならない」

「だからといって殺める必要があるか!? もっと話し合えば済む話ではないのか?」

「いままで散々話し合ったが、猊下の考えは変わらない。考えが変わらない以上、いまこのときに弑し奉る他なかろう」

「……なぜいま?」

「簡単なこと。長月三十日ながつきみそかだからである。下野掌が破瓜はか、つまりよわい16になる、神無月八日かんなづきようかなる七曜しちよう朔日ついたち前である今日中に弑すれば、下野掌の帝位を承継する権がうしなわれるため。小生が最も危惧すること。それは下野掌にこの真教国くにを預けることだ」


『真教国の教義として、帝を空位にはできないの。空位にできるのは七日間まで。七日間以上経過するとここは滅びると言われている』

 いつしかの掌がそんなことを話していたのを思い出す。彼女の16歳の誕生日、すなわち真教国で成人を迎える日は10月8日。そして今日が9月30日。つまり掌が帝の要件を満たす日までぎりぎり七日とちょっとある。

 冢宰は今日中に猊下を殺すことによって掌が帝位を承継することをできなくさせたのだ。そんなことのために弑逆を企んだのだ。


「くそったれが!! 人の命をもてあそぶなぁ!!」

 俺は怒りに任せて力の限り叫んだ。下野帝には何の愛着も未練もないが、それでも一人の人間、一つの命。その命を私利私欲によって消されることは、死を厭う俺には許せなかった。恐怖を飛び越えて激昂した。そして次の瞬間、俺は冢宰、玉置たまおき恒巳つねみに殴りかかろうとしていた。相手が拳銃を所持していることを思い出させたのは、再び数発乾いた銃声が聞こえたときだった。

「な?」

 俺は痛みを感じない。俺は撃たれていないが、代わりに横でうめき声が聞こえた。そこには俺をここまで来るのに、救けてくれた砲畜さん、盲猾もうかつさん、蹴撻しゅうたつさんの3人が出血して倒れている。心臓あたりを射抜かれており、事切れているのか動かない。

「砲畜さぁん!! な、何で!!?」

「先に汝を殺しても良かったのだが、一部聞くところによると、肉体疲労を回避する特殊な体質を具備しているとのこと。取り巻きの隷人どもはいらぬが、汝はいま殺すのは尚早しょうそう。もう少し確かめてやろう。類鷲るいしゅう!」

 冢宰には慈悲がない。彼らは隷人として扱われているが立派な人間だ。命をおもちゃのように──!

「この人でなしが!!」

 さらに俺は悲憤慷慨ひふんこうがいする。砲畜さんの右腕を気付くと外していた。欠損した腕でも射撃できるように巧みに改造された銃だ。

 この男は絶対に殺さなければならない。死恐怖症の俺が、人を殺めることを決心し銃爪ひきがねを引こうとした瞬間だった。


 後頭部に激痛が走る。

「バカなヤツ」どこかで聞いた女の声。頭から流血しているが何とか意識は保っている。俺は追撃を恐れて10メートルほど退がった。

 振り向くと、白色ながら派手な露出の多い服を着たこの世界にひどく不釣り合いな風体の女が、左脚を高く蹴り上げていた。

「小司寇?」名前は、雲類鷲ナントカ。

「あー、よく分からんけど、アタシは玉置のジジイから、あんたを殺せって言われて来ただけ。めんどーだけど、付き合ってよね。30秒で終わるからさ」

 表情は気怠そうなのに、激しいキック力。

「類鷲は、下野掌に唯一『デザイン・スコア』の殺傷力を上回ったデザイナーズである。しかし、御しがたい人格ゆえ、小司寇どまりだが、本来なら大司馬で禁軍を統率すべき力の持ち主──」

「ジジイの話なんか聞きたかないから、後にしてよ。冢宰ちょーさいにしてくれたら、ラスベガスとかドバイとかくれるんでしょ?」

「何を話している? 『デザイン・スコア』って何だ?」俺は問うた。

基因ジーインに点数つけたもんらしいよぉー。殺傷力であたしがいちばん強いんだってさ。何か知らんけど」眠そうな表情で小司寇は言う。

「我が真教国では『デザイン・スコア』で階級を分ける。計算力、語学力、判断力、殺傷力、病に対する耐性、美貌など100を超える媒介変数を基因から算出し、総合的に高い者が諸侯となり卿となり、低い者は──」

「あー、話長い。さっさと殺して、下掌げしょうちゃんを殺しに行くよーに言われてんの。取りあえずその変な銃で自分の頭ぶち抜いて死んでくんない?」

 この女は、俺が死んだ後、掌を殺しに行く。そんなことさせてたまるか。

「断るに決まってんだろ……!?」そう言ったものの、この女は強いらしい。

「あー、もうめんどくせー、死んじゃってぇ」

 やる気のなさそうな声を発した次の瞬間。俺の前に高速で移動して、鳩尾みぞおちを拳で強打していた。激しい痛みを伴い俺は後方に倒れる。しかし素速く後ろに回られ今度は回し蹴り。

 悶絶する余裕もなく、俺は意識が消えかけていく。このまま死ぬのか。

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