4-09 緋色

◇◇◇◇◇


 秋州の軍は戟や楯など、冬州から多くの武具を調達されている。近接戦なら良い。明日佳が数少ない春州に残された人間に戦い方を叩き込んだ。そこいらの、厄介なのは弓矢だ。遠隔の攻撃には近接戦闘術には効かない。こちらも夏州の武庫ぶこからありったけの弓矢と楯を調達したが、それでも充分ではなかった。そして、夏州の援軍はまだしも、春州の人間に弓術が長けていない。明日佳は弓矢を扱えるが、専門は空手や少林寺拳法などの近接戦闘だ。だから、教えるにしても基本的な動作しか教えることはできない。

「弓は無理だけど、投擲とうてきに関してなら何とかなる」そう言ったのは、瞳志だ。

 瞳志が携えているのは投槍。彼は野球部のピッチャーだ。槍投げの動作と遠投の動作には共通するところがあり、肩が強ければ投槍の威力を増す。槍投げの選手にボールを投げさせると豪速球であることが往々にしてあるようだ。

 武庫から投槍も多く調達した。また棒状のものの先にやじりを埋め込めば、即席の槍もできた。弓矢ほどではないにしろ、数十メートル先の敵兵をこれで攻撃することが可能だ。

 デザイナーズは、運動神経がよく強靭な体力を持つ者が多い。瞳志が遠投の動きを教えると、すぐにコツを掴む者が次々出た。遠隔戦に備えて、發明宮の周囲に設けられた女牆じょしょうと呼ばれる城壁の上の垣根のような所に立ち、投槍の準備をする。


「来た! 隠れろ!」明日佳が言う。

 弓矢の雨が飛んでくる。すぐに逃げられる者、即席で作った木製の楯に身を潜める。戦袍が防弾チョッキほどの性能があれば良いが、あいにく厚くない。ところどころ金属が入れてあるようにも見えるが、機動力重視なのか鋭利なものは貫通しそうだ。

 ほとんどの兵は回避することができたが、数人ほど矢の餌食になった。血を流して倒れている。

「チキショー! こんな遠くじゃ、槍を使えねえ!」瞳志は歯噛みしている。

「とにかく、いまは矢を回避することに専念しよう!」明日佳が指示する。「たぶん向こうは、こちらが攻撃できない間合いで、1人でもこっちの手兵しゅへいを減らして、より有利な状況を作ってから、一気に春州を落とそうとしてるんだよ! いまは耐えるしかない!」


◇◇◇◇◇


 帝の声は嗄れていても、俺を金縛りにするほどのパワーがある。

「俺は、掌に出征を提案しました。無礼を承知で言いますが、デザイナー・ベビーによる技術革新の裏で、ここにいる砲畜さん、盲猾さん、蹴撻さんのように、本人に何ら落ち度のないのに不遇な仕打ちにあったり、最悪殺されてしまったりしている現実が許せない。だから、デザイナーズ計画なんてまっぴらだし、掌の考えにも、猊下の考えにも賛同できない。そもそも、日本での生活に慣れている俺は、たった1人の殺されたりすることにも耐えられないんです」

「だから禁軍を出すと申すのか? それは理屈に合っていなかろう? 内乱鎮圧のために禁軍を出すことは、すなわち反乱軍に犠牲が出ることだ。1人の死を出さないことは、絵空事であり、綺麗事であり、逃げでもある」

「かと言って、春州の残っている仲間を見捨てることはできません。負けると分かっていてみすみす死なすことも。禁軍には出征を命じ、猊下の命で戦争を止めさせることはできないのですか?」

「残念ながら、余は昔ほどの威光はない。命じたところで、おいそれと従う連中ではない。デザイナーズで知力、体力に秀でた人間を生み出したが、同時にで非人道的な人間を生み出した。デザイナーズは後から生まれたものほど優秀なのだ。いまの余が統制できるものではない。屈強なデザイナーズで占められた禁軍を出征させるということは、獅子や虎を放つことと同義だ」

「そうやって、お逃げになるのですか? 猊下。俺が死を厭うことが逃げと仰せられました。同じではないですか?」

 猊下に俺が反駁している。将軍に足軽が意見するようなものだ。それだけでも万死に値する行為。しかし、ここまで来たら、楯突き続けるしかない。

「同じではない。今後余が身罷みまかり、帝を承継させるとき、もっとも強く統率力がある者がそこに立たねばならぬ。秋官が死んだ。諸侯六官とは言え、優勝劣敗の世界。この戦において敗けることは、帝の適性を欠いていることと同義。無法者揃いのデザイナーズを統率できるよう少しでもその適性のある者に禅譲ぜんじょうするのが、余の役目。まったく逃げではなかろう」

 驚いたのは、秋官が死んだというのに、それを悲観するどころか、あたかも弱肉強食でそういう運命だったと言わんばかりだ。

「次の帝位は下野掌に承継させるつもりですか?」

「それは、六官と一部の卿しか知らぬことだが、分かっているようだから特別に教えてやろう。余は掌にしかその適性はないと思っている。デザイナーズとしての能力、若さ、人格すべてにおいて総合的に判断している。そして、掌は、禁軍を出征させなくとも、最後の一人になろうとも、生き残るくらいの力を持っているだろう」

「いいえ、掌は死にますよ」俺は言った。

「なぜ、そう思う?」

 秋官を殺したのは、春官だと思われている。どのような手を使ったか不明だが、秋官を殺められるほどの手練はそういないと。でも、俺はどうも掌ではないような気がするのだ。つまり、掌はその犯人を庇っている。

「掌は、春官は、秋官を殺めていません。春官はこれ以上の死を避けるために、降伏して、秋州に討たれる覚悟であります」

「まさか? あやつは、最も生きることに固執し、次期帝位を望んでおった。あやつのていに足る最たる禀性ひんせいは、デザイナーズであることに誇りを持ちどこまでも生きながらえることだ。そのための少々の犠牲は厭わぬ女だ」

「残念ながら俺が入れ替えてやりました。その腐りきった性根しょうねを」

ものが。汝はどこまで余に抗弁する気だ」

「悪いが、俺は、俺の教義で動いてます。もともと他者の犠牲に立つ栄光なんて信じない。綺麗事と言われても構わない。でも俺はその教義を信じてる。真の幸福はそこにあるんじゃないですか?」

「なるほど。分かった。そこまで言うなら証明してみろ。禁軍の出征を命じてやろう。しかし、こんな若造に抗弁されては、命の一つや二つ懸けてもらわぬと、余の気がすまぬ。見事禁軍を統率し、無血で乱を鎮め、汝の教義とやらを貫き通しながら真教国くにを幸福に導くのなら、余はいつでも生前退位し、帝位を掌にくれてやろう。しかし──」

 禁軍出動の勅命を受けた伝令と思しき官吏が忙しなく動く。俺はごくりと唾を飲んだ。

「それができなかった場合は、汝と掌の命はないと思え」

「ありがとうございます。必ずや真教国の信者に真の幸福を与えてみせましょう」

 もう引き下がれない。大言壮語以外の何物でもない。そして言葉の重み。せっかく、ようやく生き残れる道を探り当てた矢先に、命をすという重圧。一度は俺も掌も命を捨てる覚悟を決めたが、やはり命は惜しい。失敗は許されない。

「どうした? 脚が震えているではないか?」

「武者震いです」俺は虚勢を張った。

「フッ。まぁいい。汝ほど命知らずの痴れ者だが、気に入った。余を心から安堵させてみよ!」

「ありがとうございます!」

 俺は勇んだ。この俺は猊下に認められた。いや認めさせた。それは禁軍であろうとも統率できるかもしれない、もとい統率してやろうという気持ちになった──そのときだった。

 パン、パンという大きな乾いた音が何回か俺の後方から鳴り響いた。そして同時に俺の耳に風圧と、硝煙の臭いを感じた。天幕が揺れ、床榻しょうとうから緋色スカーレットの液体が流れ出ていた。

長月三十日ながつきみそか子一ねひとつ。禅譲放伐に則って、猊下、下野かばたみかどしいたてまつった。下野掌は帝位承継の権は持たぬ。次期帝は、小生が謹んで譲り受ける」

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