4-08 瞑目

 砲畜さん、盲猾さん、蹴撻さんは3人ともそれぞれ素晴らしい動きを魅せた。

 盲猾さんは目が見えない分、聴覚、触覚、嗅覚などあらゆる他の感覚が研ぎ澄まされている。視覚以上の情報を補えるため、建物で隠れているセキュリティ・ロボットまでも察知できる。砲畜さんは、自分の体の一部になった銃を見事に操っていた。俺が殺生を厭うことを分かってくれて、あえて兵士の脚を狙ってくれた。蹴撻さんは義足が、生身の脚以上の脚力を誇り、走るスピードはおろか、蹴る力も卓越していた。しなやかな鞭のようにその脚は伸びて、兵士もセキュリティ・ロボットも一撃で戦闘不能にした。

 正直俺だけでは、到底ここまで切り抜けられない。俺は心から尊敬した。残穢蝸舎に隷人として隔離されても、不撓不屈ふとうふくつの精神で、ときに健常者よりも強い力を発揮する。尋常な精神力ではなし得ないだろう。

「そろそろ、帝宮に近付いてきたネ」

 砲畜さんはあっけらかんとしている。しかし、俺は畏怖と絶望にも近い嫌な予感をしていた。

 まず、帝宮も天州の一部。帝宮を護衛しているのは当然天州の選りすぐりの衛士だろう。天州は完全に春州に敵対している。

 猊下のいるところまでたどり着けるかという不安が第一である。

 

 第二に、猊下に無事謁見できたとして、俺の要求に耳を貸すだろうか。

 猊下は掌に目をかけている。しかし、それは少し前の話だ。内乱を起こした原因は、掌が秋官を暗殺したことになっている。真相は不明だが、それが表向きの理由として、天官が猊下に説明しているのなら、当然猊下は掌に失望しているのではなかろうか。


 第三に、ここに来てうまく猊下に頼み込めるか。猊下はデザイナーズによって真教国を強くするプロジェクトを推進し、いまでも表向き軌道に乗せている。しかし、俺はそれに反対している。俺は心から猊下に頭を下げることができない。言い方を悪くすれば、俺は自分の意に反して、おもねらなければならないのだ。どうやら俺は、気持ちが顔に出やすいたちらしい。その証拠に、掌のことを好きになったときもすぐにバレてしまった。どうやっても、うまく猊下の心を動かして禁軍を動かす許可を取り付けられることが、できないような気がしてならなかった。


 帝宮の門に着く。以前は馬車だったのであまり感じなかったのが、こんなに大きかっただろうか。

 そこにもやはり門番がいた。最初の難関だ。

「強行突破するカ?」砲畜さんは言う。いや、さすがに猊下のいるところだ。それはまずいだろう。

「とりあえず、正攻法で行きますよ」

 殊勝にそう言ってみたものの、勝算があるわけではなかった。もし通してくれないのなら、泣いてすがって入れてもらうように頼むか、戟で脅すか。どちらにしろ気が進まない。


「し、失礼つかまつります。春州の霜鳥そうちょうと申す者です。春官大宗伯のめいで猊下に拝謁したく参じました」俺は書簡を渡した。

 帝宮だからか、普段は絶対使わないような畏まった挨拶をした。春官大宗伯の命ではなく、自分の意志なのだが、本当のことを言うわけにもいくまい。

 さて、門番はどう出るか。心臓が早鐘を打つ。

「大宗伯殿のふみを持った人物が猊下に謁見に来られることは聞いております。猊下の耳にも入っており、お通しするように言われております。但し、同時に監視を続けるようにとも言われております。怪しい動きは見せぬよう」

 意外にもあっさりと通してくれた。囚えられる覚悟もしていたが、これも春官の力か。まだ望みはある。

 しかし、俺らの周りにはアサルトライフルを持った衛士が4人いる。砲畜さんは右腕の銃を外して、衛士に預けた。物々しい雰囲気の中、長い廊下を進み、あのとき来た部屋の前に立った。


「入れ」この特徴的なしゃがれた声は、猊下のものに間違いなかった。ただ以前よりも嗄れ具合が増したような気がする。

 死期が近付いているのではなかろうか、と一瞬悟った。そして、その予感は的中する。

 猊下は床榻しょうとうしている。天幕越しではあるが、明らかに前回見たときよりもずっと痩せ細っていた。

其方そなたは掌とともに来た霜鳥しもとりだな。何をしに参った」

 身体は痩せた枯れ木のようだが、その声はまだ俺を充分萎縮させるほどの威厳がある。俺は跪礼きれい、拱手した。

 書簡は渡っていないのか、と思ったが、同時にその内容を承知した上で、俺を試しているのかと察した。

「畏れながら単刀直入に申し上げます。春州が滅びます。春官大宗伯が弑逆される前に、禁軍の出征させ春州への加勢を命じていただきますようお願い申し上げます」

 慣れない敬語はよどみなく勝手に出た。しかし──。

「ならぬ。其方では弱い」言下に断られた。「いくら掌の御名御璽であっても、この書簡が捏造されていないという証明ができない」

 そんな、と俺は心の中で叫んだ。捏造されていないという証明などできなかろう。

「禁軍とは、一昼夜あれば、真教国どころか、世界中の反社会的勢力、マフィア、過激派テロリストを殲滅できるほどの手練。大夫ひとりの言上で動かされるものではない」

「し、しかし、しょ……、あ、大宗伯が死んでしまうのかもしれない」

「それはない。掌はデザイナーズの最高傑作。歴代の名だたる著名人の基因ジーインを組み込んでいる。そして一時期、夏官を務めた人物。禁軍を統べる力量は、一介の兵士が太刀打ちできるものではない」

 取り付く島もない。しかし、下野掌は良くても、明日佳、瞳志、華波さんがいる。最後まで与しなかった彼/彼女らが、敗れたとき命を奪われずにいられるだろうか。

「そこを何とか!」

「無礼者! では、そこでいま自刃してくれれば、その書簡が偽りないものだと信じ、禁軍の出征を命じようか」

 何と、春官本人が出向かないと、信じないというのか。俺は改めて、自分の小ささを知った。

 猊下は俺が自刃できないことをきっと見抜いた上で、敢えてそう命じている。しかし、その命令だけは従うわけにはいかなかった。

「猊下、その命令には従いません。俺は、真教国に無用な死は求めていません。そのために禁軍の出征をお願いしているのです」

 反論してしまった。大夫ごときが、しかも横には隷人を3人も従えて、帝に楯突くなど前代未聞ではなかろうか。

 後ろから俺を狙うため長銃を構える音がする。俺は死を覚悟して瞑目めいもくした。

 3秒待つ。5秒待つ。そして10秒待つ。しかし何も起きない。一瞬の激痛に構える覚悟は長く保たせるのは酷だ。るのなら、さっさとやって欲しい。しかしながら20秒経っても、30秒経っても何も起こらない。そして嗄声させいが聞こえた。

「ここまで無礼な大夫は、はじめてだ。ある意味興味深い。さしずめ、出征を提案したのは掌ではなく、お前だろう。聞いてやろう。うぬの考えを」

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