4-07 放逐

 『ホウチク』は、漢字だと『砲畜』と書くらしい。術を操る生という意味で、かつされているような身上であることを自虐的に称したらしい。当人は笑って話しているが、不遇な境遇に俺はどうしても笑えなかった。

「ありがとうございます。助けてくれて」本心だ。彼らがいなかったら死んでいたことだろう。

「こうやって、人からありがとうを言われたのも初めてダナ」

「いえ、本当に感謝してるんです。俺は身分なんかで差別されちゃいけないって思ってるんです」

「そういう考えを持つ人に出会ったのも初めてデスヨ」


 ここでの隷人の過酷な境遇の一片を窺い知ることができる。やはり、残穢蝸舎はなくさなければならない。

 砲畜さんは言う。「これから、どこか目指してルんじゃないですカ?」

「そうです。とりあえず、不毛な戦いを避けるために、禁軍を出してもらいたいんです」

 そこまで言っておいて、ハッと口を押さえた。彼らにとっては帝も禁軍も、憎悪の対象ではないのか。

「大丈夫。ボクらはあなたについていきますヨ。いずれあの豚小屋から解放シテ、人間と扱ってくれるのナラ」


 ちなみに、もう2人のうち1人、男性は目が見えないのか、アイマスクをして白杖を持っている。女性の方は一見普通に見える。

「あ、この人、義足ネ。ちょっと細工をしてるケド」

「細工?」

「ま、そのうち分かりマス。こっちの彼は『盲猾もうかつ』、彼女は『蹴撻しゅうたつ』と名乗ってマス。難しい日本語は通じないので、不便かけますガ」

「いいえ」

 そう言えば、ここでは身分が低い者は、真教国の言葉しか使うことを許されないことを思い出した。砲畜さんは独学で日本語を身に着けたのだろう。


「ちなみに、もう何人かは残穢蝸舎から春州に応援に行ってますカラ」砲畜さんは言う。

 彼らは残穢蝸舎の隷人も、真教国の負の遺産じゃないことを知らしめるために、準備してきたらしい。身体や機能の一部に欠損があっても、充分役に立てる、と。


 天州は他の5州と異なり、そこだけ近代的なビル群で構成されている。その周りをベルリンの壁のごとくコンクリートの高塀で隔てて、簡単に立ち入ることはできない。許可された者しか通さんと言わんばかりに。

 塀と伝って門を探す。扉の部分だけ木製の門には門番がいた。

「門番に書簡を渡して。私の御名御璽があれば、通してくれるはずだから」

 天州に発つとき、掌はそう言った。しかし、天州が秋州に与している状況で、簡単に通してもらえるのだろうか。


 書簡を渡す。残穢蝸舎の3名は、俺の付き人と説明する。

「いや、だめだ。春州の者は、通すわけにはいかぬ」

 不安が的中した。そこをどうにか、と言っても、通してくれるはずもない。

「仕方ナイ」砲畜さんから諦めの言葉が聞かれた──、かのように思われた。

 爆撃の音とともに、煙が舞った。何と、右腕から砲撃を発し、門扉を破壊した。

「行くゾ!」

 俺たちは天州の中の帝宮ていきゅうに向かった。

 警報音が流れているが、お構いなしと言わんばかりに3人は強行突破する。その豪胆さに舌を巻いたが、本当に大丈夫かな、と若干心配になった。



 天州はビル群に囲まれていて、道が舗装されている一方で進むのは困難を極めた。

 いままでは高い建造物と言えば州府くらいなもので、森を抜ければ見晴らしが良かった。しかもビル群のある天州自体が遠方からでも見える目標物になっており、そこを目指して行けば良かったが、天州に入ると建造物で司会は遮られている。帝宮は華軒を使って一度行っただけなので、どういう経路だったかまでは覚えていないし、覚えていたとしてもその経路どおり進むのは不可能だ。

 州のいたる所に設置されたスピーカーから警報音を発していて、俺らは路地に身を潜めている。


 しかし、改めて同じ真教国と思えないほど近代的だ。かと言って日本に似ているかと言えばそうでもない。ビル群の多さで言えば東京都心に近いが、すべての建物が画一的で、看板らしきものがない。そして何より奇妙なのは、人がほとんどいないのだ。その代わり宇宙SF映画に出てきそうなセキュリティ・ロボットみたいなものが、うろうろしている。


「ここは、州全体が研究施設になってテ、基礎体力を上げる、老化をなくす、病気にかからなくする、コンピュータ並みの知能をつける、超能力を携えると言っタ、それぞれの目的に応じたデザイナーズを開発してマス」

「え? 天州を知ってるんですか?」

 砲畜さんの言葉に俺は驚いた。砲畜さんは隷人として、残穢蝸舎に押し込められていたから、勝手ながら天州のことは知らないかと思っていたからだ。

「ボクも、最初から残穢蝸舎にいたわけじゃナイ。15歳くらいまでは、禁軍のエリートになるべく、オリンピック選手のジーインを参考に作られて育てられてキタ」

「ジーイン?」

「あ、ゴメン。日本語では『イデンシ』って言うんだッケ? セキュリティから、専門用語が多くてネ。漢字では基因ジーインって書くんだけど。まあ、それは置いといテ、軍人になれると思った矢先に、腕がご覧の通りになっテ……」

 砲畜さんは最初からそういう身体ではなかったというらしい。

「事故でも遭ったのですか?」

「いや、基因ジーインの設計ミスで、腕が腐っていったんダ。アポトーシスって知ってるカナ? 自分の細胞が、勝手に死滅していくヤツ。いまではこうやって右腕に武器を仕込んで、左手にも特殊な義手が仕込まれているんだケド、最初は絶望的な気持ちになったナ。だって、両腕がなくなるだけでも辛いのに、身分も名前も剥奪されテ、不良品の仕分けみたいに残穢蝸舎に閉じ込められたんだカラ」

 聞いていていたたまれない気持ちになった。完全に研究者の落ち度ではないか。

「それなら、いっそう、残穢蝸舎を、もっと言えばデザイナーズの研究を、潰さないといけないですね」

 それに関しては砲畜さんは渋い顔をした。

「デザイナー・ベビーの研究は、真教国ここを繁栄させた無二の技術デス。研究を潰すということは真教国の崩壊を意味しマス。そうは簡単に行かないと思うヨ」


◇◇◇◇◇◇


 發明宮では、異変を察知していた。

「秋州が攻めてきたみたいだね」明日佳は言う。

 その数1,500人といったところか。対する春州は夏州の援軍を入れて300人余り。

「せめて禁軍が味方についてくれたらな」瞳志はしみじみと言った。

「どうする? 降参したいって言うの? 逃げてもいいよ」

「逃げないよ。絶対。秋澤さんだって、本当は逃げたいんじゃないのか?」

「いや、あたしは逃げないよ。第一軍の統帥になってるんだし」

「それでも、もともとここの信者でも何でもないんじゃないか? ここに思い入れはないんだろう?」

 それには明日佳は答えなかった。どこか気まずそうな表情をしている。

「俺、実は秋澤さんのこと、好きだったんだ。片想いだって分かってたけどな」

「……」明日佳は目を見開いて驚いている。

「航のこと好きだったんだろう? でも航は下野しものさんのことが好きだった。俺は学級委員という立場を利用して下野さんのことを探りを入れるフリをして、君たち3人に近づこうとした。いずれ、秋澤さんが航のことを諦めたとき、俺が近くにいて、うまく行けば想いを伝えられるかなと思っていた」

「まさか、こんなことになると思ってなかったでしょ?」明日佳は含み笑いを見せた。

「ひょっとして、秋澤さんは予想してたっていうのか?」

「ふふふ。世の中知らないほうがいいこともあるの」

「まさか……、いや止めておこう。これ以上踏み込むのは良くないような気がしていた」瞳志は頭を掻いた。

「でも、ありがとう。あたしのことを大切に思ってくれる人が1人でもいると、まだ死ねないな」


◇◇◇◇◇

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