4-06 勇進
馬車での移動はできない。本当は、そちらのほうがスピードが速いのだが、馬車も州色による識別がなされている。
こんな一触即発の事態に呑気に馬車を走らせているのを見かけられたら攻撃されてしまうかもしれない。しかも馬車に乗っているということはそこそこの地位を保証された者だから、ますます攻撃の対象にされる。
しかも、馬車のほうが速いと言ったが、早くたどり着くかというとそうとは限らない。馬車はある程度整えられた道しか通れないわけだ。人間だけなら道並み道を通って近道ができるし、身を隠すこともできる。袍服よりも動きやすい私服なら、走って移動することも容易い。幸い疲れにくい体質は健在だから、馬車の選択肢は、いろいろな理由で排除された。
天州は地州の中にある。四方を地州に囲まれて存在しているのだ。よって、天州の州境までは順調なはずだ、という目論見は脆くも外れた。
すでに春州の庶人の領地、地州の一部は秋州の兵士が潜んでいた。秋州の色である白をベースとした
しかし、自ずと道なき道を通過せざるを得なくなり、藪に身を屈め、樹木に身を隠しながらの通行となる。こんなに兵を張られていては地州の援軍も簡単には来られまい。まるでそれを狙ったのような徹底した包囲網だ。そんなことを思っていたときだった。俺は地面から盛り上がっている木の根に足を
「
やばいと思ったが、すぐに囲まれてしまった。
「俺は──」
怪しい者ではない、と続けようと思ったが、兵士の一人が「大宗伯の側近、
俺はどうやら既に秋州の立派な指名手配犯になっている。
こっちは丸腰、おまけに戦いの適性がない上に、相手は複数人いる。どう考えても万事休すの状態だ。
しかし、相手の動きは遅い。間合いの詰め方も、戟で突くスピードも、緩慢そのものだ。いや、そう見えるだけかもしれない。俺にスパルタ教育で鍛えてくれた明日佳のスピードが異様に早すぎて、遅く見えるのだ。戟を
何人かの兵士は恐れをなして逃げていく。それともこれから援軍を募って、さらなる攻撃を仕掛けてくるのか。追いかけて敵兵を一人でも減らしておくのが得策だと頭では分かっているけど、俺の根幹にある
これで多少は欺けるかと思ったが、残念ながら俺の顔は割れているらしく、仲間と思って近付いてきた兵士が、俺の顔を見るや否や、「敵兵だ! 側近の霜鳥だぞ、
戟で仕方なく、頭部を
次々に兵は襲いかかってくるが、俺は肉体的な疲れにだけ強い。しかし、きりがないので、あるところで、戟で薙ぎ払う真似をしながら兵士を避けさせ、走り抜けた。
しかし、まだ天州までは距離がある。そして俺が地州で孤軍奮闘していることは、敵軍の間の知ることになり、俺の向かう方に兵士が集まってくる。
それでも俺は天州に少しずつ近付く。俺に気の緩みがあったのか。兵士は戟を持った者しかいないものと思い込んだ。しかし、とんだ勘違いだった。
大量の矢がどこかから飛んでくる。俺は大木を探し身を隠そうと思った。ちょうど俺の身体を隠せるくらいの太い幹の樹木が見えた。
ところが、その幹を目指して近付いたところに、戟を持った兵が構えていた。矢に気を取られていた俺は、すっかり虚を衝かれてしまった。
やばい、と心で叫んだ瞬間だった。
驚いたことに、目の前で俺を貫こうとしたはずの戟の尖端がひとりでに吹っ飛ぶ。
「間に合ったよだナ」
聞いたことのない男性の声だった。何だかぎこちない日本語だったが、俺に対しての敵意は感じられなかった。
「あなたは……?」
よく見ると彼の右の前腕は明らかに人工物だ。義手かと思ったが、違う。銃のようだ。それにもう2人、男性と女性がいる。全員20歳に達していないくらいか。
「ボクには名はナイ。でも不便だからホウチクと名乗っテル。身分で言うと隷人。残穢蝸舎から抜け出して、あなたを助けに来タ」
俺はしばらく理解に苦しんだ。なぜ、俺を助けに来たのか。
「あなたは、はじめて残穢蝸舎で
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