5-02 不快
「優秀なデザイナーズの一員……? あんた、何言ってんだ? 俺はおじさん、おばさんに育てられたんだ」
「おじさん、おばさん? それは血縁関係のない育ての親だろう。おそらくそなたに生物学的な両親がいないことになったら傷つくだろうという、配慮に過ぎん。逆に聞くが、おじ、おば以外の親戚の話を聞いたことがあるか、どちらかに少しでも似てるとか言われたことはあるか?」
「……」
正直そのような話は聞いたことがない。物心ついたことから俺は一人っ子で、両親は不慮の事故で亡くなってしまっていて、おじ、おばはどちらも恰幅の良い気の良い人達だが、運動とは無縁だった。長距離走にしか縁がない俺とは正反対である。
俺は胃酸が胃から食道を伝って喉に溢れてくるような不快感に襲われた。
「本当に知らないようだな。教えて差し上げよう。そなたは、下野帝が至上命令として探していたデザイナーズの傑作なんだよ。幼少期にそなたはここ真教国で生を享けた。もちろん治癒基因の
すべてが初耳だ。まるでいま
「逃した? 俺は
「もちろんそうであろう。ここを出たのはそなたが4つの頃。覚えていなくて当然のこと」
4歳の頃。俺にはその頃の記憶がない。幼稚園の記憶ですら曖昧だ。年長になって明日佳とよく遊んでいたのを思い出す。
冢宰は続ける。
「その逃した3人のうち1人がそなたなのだ」
「何だって。でも3人って。俺以外にいるのか」
「ふっ、身近なところにいるではないか」
「身近って……」不意に俺は嫌な予感に襲われた。そしてすぐに現実になる。
「秋澤明日佳と川嶋瞳志。2人の名前は当然そなたも知っておろう」
冢宰の口からその名が出てくるとは思わなかった。しかし嫌な予感の正体はまさにそれである。
「俺と明日佳と瞳志がデザイナーズ? 信じられん。俺は掌に招待されて来たけど、2人はたまたまついてきただけだ」
あり得ない、というのが本音であり願いであった。いくら幼少期に真教国を抜け出たと言えど、俺と明日佳はご近所さんの幼馴染。瞳志だって、ちょっと頭が良くて野球もできるごく普通の高校生だ。
しかし、ふと明日佳と瞳志の方を見やると、何かを恐れるような表情をしている。図星なのか。
順を追って説明してほしい、という思いと、もし揺るぎない証拠でも突きつけられたら、という恐怖もある。
「小生は、今回の乱の顛末について、どうしても看過できないことがある。それは誰がどのような理由、そしてどのような方法で秋官を殺めたのか」
それは密かに俺も疑問に思っていた。
はじめこそ掌の発言どおり、掌本人が秋官を殺したのだと思った。秋官を務めるくらいのデザイナーズは、おそらく普通の人には太刀打ちできないから。しかし、どうも話しているうちに掌が犯人ではないような気がしてきた。つまり、掌は何かしらの理由でその犯人を庇っているのだと。
俺は恐る恐る問うた。「だ、誰が殺ったと言うんだ」
含み笑いのような笑みを見せて、冢宰は言う。
「それは小生よりも大宗伯に訊かれたほうがよろしかろう」
「な?」掌は目を丸くしている。「なぜ、私が」
「大宗伯は秋官襲撃の真相について顛末を知っておるな? 教えられたし!」
「私が
「大宗伯、そなたではなかろう。そなたは確かに秋官大司寇と不仲であったが、それだけで殺めるほどそなたは不明ではない。しかし、誰かが殺めてしまった。だから罪を着て、自分に敵意を向かせ、夏州や地州に援軍を求めつつも、応戦した」
「……」掌は押し黙っている。
「黙っておると、小生がすべて言ってしまうぞ」
冢宰は掌を挑発するかのような物言いである。知られてはいけない真実が隠されているというのだ。
「秋官を殺めた下手人は──」
「止めて!!」ついに掌は叫んだ。「私が言うから。本当のことを」
「言うとくが、小生の推理は限りなく正しいと思っている。もし小生の推理と違うようなら、すぐに小生が正してやる」
「霜鳥くん、隠しててごめんね。でもどうしても言わなくちゃいけないことだから言う。かなり不快な話になると思う。でもここまで来たら避けて通れない。だから許して」
居直ったように掌は晴れやかな顔をした。それがまた不気味さを醸し出している。
「そんなに不快な話なのか?」そう聞くと掌はこくりと頷いた。
「私たちが生まれるかなり前の話だけどね、真教国では世界に先駆けてデザイナー・ベビーの研究を始めてたのは言ったよね? 民がすべて優秀になれば国力が優れるという思想を持っていた猊下は、秘密裏にその研究を進めていたの。そしてしばらくした後、日本で宗教団体絡みの凶悪事件が発生して、新興宗教団体に対する制約、取締が強化された。多くの団体が土地や資産を差し押さえられ、実質の弾圧に近かった。
「こ、幸徳夫妻?」
そのとき横でとある人物がビクリと身体を震わせたことに気づいた。
「秋澤明日佳さんの実の両親に当たる人なの」
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