5-01 矛盾

 勅命どおり、天州、秋州、冬州の軍は引き下がり、負傷した兵は、天州で管轄する病院に送られた。禁軍、地州、夏州の軍の大半も退散した。春州の一部の人間と、冢宰と敵州をの高官ら捕らえられた者だけが残っている。


「いっぱい死んで、いっぱい信者が負傷した。無駄な死だ。デザイナーズで優秀な人間離れした人間を多く作ったところで、何も解決せぬ」

 大宗伯はしみじみと言った。

「人間は、人工的に能力を高めたところで、国益をもたらすだろうか。短期的に見ればそうかもしれない。でも長い目で見れば逆じゃないかと俺は思う。優秀であればあるほど、他者に頼らなくなる。他者に頼らなくなることは、人との繋がりを希薄にすることだ。希薄になれば、他者の心を受け入れることができなくなり、歪が生じる。デザイナーズでない者、それから遺伝子改変によっても目立った能力が備わらなかった者への思いやりが欠ける。それが、秋官の襲撃に繋がり乱の引き金になった」

 俺は、一呼吸置いた。大宗伯は押し黙っている。

「デザイナーズじゃない俺にとっては、デザイナーズはすごい存在なんだろうと思う。実際、花美丘高校の掌は文武両道の天才だと思ってた。でも憧れるほど羨ましいかと言われれば、ちょっと違う。俺は俺のことが好きだ。これと言って取り柄がない男子高校生だし、欠点のほうが目立つくらいだけど、欠点があるから人との距離が近く感じるし、同じ境遇のものどうし愛おしいのかもしれないっていまになって思うよ」

「猊下は国民が高い能力を得れば、豊かになると説いた。私はその考えを捨てきれない。実際、私は能力を持って生まれ研鑽してきた自分を誇りに思っている。でも霜鳥くんの話を聞いていると、技術革新の裏にもっと大事なものを失いつつあるんじゃないかって思った。私が帝位を承継した暁には、いかに優秀な人間を多く生み出そうかと思ってたけど、考えを改めようと思う」

「よく考えてくれ。ありがとう」


「冢宰はいかが致しますか?」小宗伯の克叡が問うた。

「さっさと殺すなりすればよろしかろう。小生が庶人に格下げになるくらいなら、死んだほうが良い」捨て鉢な物言いで冢宰は言った。

「殺しはせぬ。猊下から態度次第で恩赦を与えることようにとのことだ。でも処罰云々の前に、確認したいことがある。猊下を弑し奉ったのは私が次の帝になることを阻むことだというのは分かったが、なぜ私が帝位を承継するを厭う?」

「簡単なことだ。猊下と大宗伯の望む真教国の将来像を是認しかねるからだ。これ以上デザイナーズを増やしてはならない」

「冢宰もデザイナーズの研究に反対していると言うのか?」

 それはおかしいだろう。俺は冢宰が反対派に位置づけられているような気がしていなかった。

「冬官と死んだ秋官がデザイナーズに反対していることは、暗に知られた事実だろう。それに加担している時点で証明してるだろう」

「いや、それは説得力に欠ける。冢宰は、小司寇を俺を殺すための差し金に利用した。彼女も殺傷能力を高められたデザイナーズ。反対しておきながらデザイナーズを利用し、成功報酬として冢宰に登用すると言ったではないか!?」俺はあのとき瀕死の重傷を負いながら戦った。それをいまさら反対派だと言われて納得できようはずがない。我慢ならず物申した。

「一見矛盾するように聞こえるかもしれぬが、小生は増やしてはならないと申したまで。既に生を享けているデザイナーズを殲滅せんめつしようとは思っておらぬ。だから、既にいる優秀なデザイナーズは活用しつつ、新たな実験は中止する。実験には大きなデメリットとして、奇形児が誕生する可能性がある。これは生命倫理にもとる話だ。そんな実験を継続してはならない」

 皮肉なことにいまさらになって、冢宰の考えは俺に非常に近いことに気付いた。冢宰は続ける。

「だから、小生は何度も何度も猊下に諫言してきた。それまでずっと小生と長い間二人三脚で真教国を作り上げてきたという自負があったが、この件に関しては頑として聞く耳を持たれなかった。結果、華々しい技術革新を生み、短期的に霜鳥が言うように真教国は潤ったが、その裏で、人間関係は歪み、デザイナーズとそうでない者との間に隔たりを生み、実験の代償となる隷人を生んだ。でも国益に目が眩んでいる官吏は、その事実を隠匿し、なかったかのようにする。それがどうしれも我慢ならんのだ」

「冢宰……」俺はこの期に及んではじめて冢宰に同情した。

「小生は死んで構わぬが、次期帝である大宗伯に陳情することがまだ許されるのであれば、どうか、これ以上のデザイナーズの実験はやめてもらいたい」

「分かった。約束しよう」

「ありがたき。それから最後にもう一点。霜鳥よ。そなたにはどうしても伝えておかねばならぬことがある」

「何だ?」

「勘違いしているようなので伝えておくが、そなたは普通の高校生などではない。そなたは偶然ここに来たと思っているようだが、違う。これは宿命なのだ」

 冢宰の言っていることが即剤に理解できなかった。何を言っている。冢宰は続ける。

「そなたは知らないだろうが、そなたには稀少で強力な抗疲労基因ジーイン、治癒基因が備わっている。まさに傑作なんだ。この真教国において」

 違う、俺はただの高校一年生だ。遺伝子とか傑作とか、ここで生まれたみたいなこと、あるわけないではないか。

「いまその話をするのはいかがか!?」掌は冢宰につっかかった。

「何らかのトラブルで子供のとき行方不明になり、長い時を経たが、ようやく見つけられた存在だ。おそらくそなたの日本国における両親は実親ではないだろう。それはそなたもまた優秀なデザイナーズの一員だからだ」

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