3-03 再会
「あ、わ、航だっけ?」
「そうです。お久しぶりです」
華波さんについ気安く話しかけてしまったけど、華波さんの身分がなぜか
「げ、元気そうだな」
そう言う華波さんは元気がなさそうに見える。というか、具合が悪そうだ。
「華波さんは、顔色悪いように見えますけど」
「吐き気がするだけだ。でも病気じゃない」
どういう意味か分からない。何となく病院にでも行ったほうが良いように見えるが。
俺の心配が華波さんに移ったのか、彼女は口を開いた。
「あたいはな、タイガになったんだ」
「タイガ?」
「聞いたことないか? ここでは出生に対するモラルが日本とかなりずれてる。代理母制度が公然と行われている」
そう言えば、掌が言っていた。妊娠、出産に特化した女性がいる、と。
「漢字だと『
話の流れではあるが、華波さんが大夫に昇格したことは、確かな情報のようだ。しかし、その内容は清々しいものでは全くない。
「30未満で検査を受けて問題ないと分かれば、代理母となることを条件に大夫に昇格できるってんだ。正直、出産なんてしたことねぇし、やりたくないけど、それでも庶人として泥に沈んでるよりはマシかと思ってな」
「っていうことは……」俺は恐る恐る確認する。
「あたいがこんな感じなのは、
俺が呆然としていると、とうとう吐き始めてしまった。
「うげーっ、本っ当に妊娠って
「大丈夫ですか?」
俺は背中をさすった。奥さんでもない女性の身体に触れるのは失礼かと考える先に身体が動いていた。
「サンキュ、悪ぃな。こんなだらしねぇ姿見せたくなかったけどよ」
それを言うなら俺のほうが謝らなければならない。たまたま俺と道中ばったり会って、無条件で俺は大夫に、ついてきただけの華波さんは庶人になった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「筋肉痛なんで、負ぶって行くわけにはいかないですけど、肩貸すくらいならできます」
「負ぶるだなんて、ガキじゃねぇんだから……。でもありがとうよ」
肩を貸すと、思った以上に筋肉が悲鳴を上げたが、努めて表に出さないようにした。
華波さんは、同じ春州の大夫の居住領域でも、かなり俺たちの屋敷とは離れたところに住処があった。どうりでいままで会わなかったのかと思うような場所だ。
「ここは、胎娥専用の屋敷らしい。建物の外観はそっちとあんま変わらんらしいが、全員妊婦だからかサニタリーがやけに充実している。天州から女医さんが毎週来るぜ。男子立ち入り禁止らしいからな。航、入ってみたいか?」
「いやいや、入る勇気ないですよ」俺は慌てる。
「冗談だ。あたいはここで充分だから、ありがとうな」
そう言えば、もとはと言えば、華波さんは、ここにツレがいるからここに来ようと思ってたのではなかったか。どうなったのだろう。
「お連れさんは見つかりましたか?」
「いんや、手掛かりなし。ここはよくできてやがる。身分が違うと会うことできねぇし、日本語も本名も通じねぇ。そして、州を跨いで勝手に捜索しに行くわけにもいかねぇからな。でも春州にはいねぇような気がする」
「俺も手伝いますよ」せめてもの罪滅ぼしか、気づくと俺は口を
「
「37?」俺はどちらかと言うと年齢のほうが気になった。思ったよりも年上だからだ。
「あー、実はな、あたいの担任だったんだよ。高校の。恥ずかしいけど、あたいは元々ヤンキーで荒れててね、でもシュンは救ってくれたんだよ。高校卒業して付き合うことになったと思ったら、
「なるほど……」年が離れている理由がはっきりした。
「ま、人探しも頑張りすぎないでくれ。ひょっとしたら死んでるかもしれんしな」華波さんは、弱気な口調で言った。
「分かりました」と、俺は言ったものの、ここは庶人でも飢え死にしないようにできている。誰かに殺されない限りは生きているのではないか、と何となくだが俺は思った。
よくよく考えてみると、なぜ代理母制度があるのだろうか。人工授精と言っても、通常は卵を提供した母の子宮に戻すのではないだろうか。俺はそれまで人工授精について調べたことはなかったが、以前不妊治療の特集をテレビで観たときに得た知識程度は持っている。
デザイナー・ベビーがやはり関連しているのだろうか。とは言っても、一から卵や精子を合成する訳にはいかないだろうから、提供者がいるはずだ。それであれば、提供した母体に戻せばいいはずなのに、わざわざ赤の他人の女性の胎内に戻すなんて。詳しくは知らないけど、血液型不適合妊娠の危険も高まるのではなかろうか。
†
屋敷に戻ると明日佳が仁王立ちしていた。
「いままでどこで油売ってたの?」と尋問する表情と口調がきつい。
油を売っていたつもりはさらさらない。他ならぬ、華波さんと話をし、家まで送っていっただけだ。しかし、その経緯を説明するためには、胎娥のことを話さないわけにはいかない。そのことを話してしまって良いものか。華波さんの承諾はもらっていない。
「悪い」と、なぜか俺は謝ってしまっていた。
「すみませんでしょ! ここは弱肉強食。強い人間が生き残れるの! 航は死にたいの!?」
「死にたくないよ」
「じゃ、やるよ! 筋肉痛だろうが関係なし! いまからみっちり4時間!」
「えええ?」
筋肉痛の上に、今日はまだ痛みの少ない筋肉をいじめ抜いた。筋線維はおそらくずたずたに切れて、あちこちで修復中だろう。いくら疲れには鈍感でも、肢体のあちこちで細かな
練習が終わったと同時に、歩けなくなっていた。
「明日は日曜日だから、一日中やるよ」
「マジっすか。訓練中に心臓が止まりそうだよ」
「大丈夫。普通の人なら死ぬかもしれないけど、航ならついてこれるよ」
「普通の人なら死ぬような練習なのかよ」
しかし、改めて明日佳の底なしの体力に驚嘆した。俺が情けないのか、明日佳が凄いのか。
「ところで瞳志はどうしたんだ? あいつは特訓しないのか?」俺は問うた。
「彼にはボールを投げたり槍を投げたり、投擲する技術において図抜けている。あたしが下手に肉体改造して、その特性を台無しにしては困るでしょ」
確かに野球部でピッチャーをやっていることは聞いているけど、そんなに凄いのか。
「ここでは、何か武芸に秀でてないと、
俺は、その自衛隊にだけには入ることを忌避しているのだが、そんなことを口に出せる雰囲気ではなかった。
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