3-04 紛糾

 それから1週間ほどみっちりしごかれて、接近戦において自分を守るどころか相手を殺傷する技術を身に付けた。俺は、緊急避難であっても人殺しはしたくない。身に付けたところで嬉しくとも何ともないが、結果的に筋力は備わった。それも尋常ではないほどに。

 それでも、まだどの競技であっても明日佳を負かすことはできないのだけど、花美丘でもかなりいいところまで到達しているのでなかろうか。もし花美丘に戻ることができたら、転部しようかな。


 そう思った矢先に我が春州が二度目の攻撃を受けた。

 正直、最初の攻撃から一週間以上何もなかったので、警護が甘くなっていたところを衝かれたのだ。

 どこから招集してきたのか、秋州にいる以上の数の衛士が春州を襲ったらしい。庶人の村は3つ焼かれ、援護に行った士まで行方不明になった。


 また俺たち大夫は、發明宮に招集される。

「猊下はどうして、禁軍は出してくださらなかったのですか?」

「分からぬ。猊下は我が州の事情を分かってくださった。考えたくはないが、秋州に加担して春州を滅ぼそうとしている力が働いているのかもしれぬ」

「それでは、もう勝ち目はないのでは」

「ならぬ。そういう考え方は。州の長である余と、補佐のそなただけは、信者のために諦めてはならぬ」

「でも、諦めずに戦うことは、秋州の信者を屠ることになりましょう。和議でも申し入れるのですか?」

「和議を入れることは、つまりは余の首を差し出すことだ。そして小宗伯、府吏ふりも間違いなく命はなくなる。下手したら、春州の民はみな秋州の隷属させられるかもしれぬ。秋州は、権力欲が極めて強い。猊下におもねっているのだろう。次期帝の座を狙っている可能性は高い。その前に余と余にくみする者たちが邪魔なのだろう」

「待ってください。秋官大司寇なら分かります。かなり野心家で目的のためには手段を選ばないとの噂です。でもその大司寇が死んだいま、仕切っているのは小司寇の類鷲るいしゅうです。あの無関心そうな小女郎こじょろうが猊下を操ってるとでも」

「15で小司寇に任命されたのだ。余も仔細しさいは知らぬが、侮ってはならぬ。現に小司寇のもとで多くの者が春州を落とせと煽動されているではないか」

 掌と克叡こくえいさんが論戦を交わしている。掌に従順な小宗伯の克叡さんが、ここまで諤々がくがくと進言するのも珍しい。


「分かった。一時的に庶人と士を卿と大夫の屋敷に集めよ」

「庶人や士を庇護するのですか。無茶な。真教国の礎を成す封建制度が崩れてしまいます。卿や大夫には反対する者もおりましょう」

「この時期に民を分散させては、護れるものも護れない。しかも大夫の中には、次は自分の屋敷が狙われるのではと怯えている者だっている。護衛として固めさせれば反対する者もいるまい」


 議論が紛糾している。俺は正直どれが妙案なのか分からない。入信したばかりで労せず大夫となっている俺は、庶人を大夫の土地に入れることに抵抗はないが、旧来からいる信者にはあってはならないことなのだろうか。

 結局、最後は上官である掌の意見が優先された。州議室はざわついている。「庶人を入れるのは嫌だ」とか「人柱になってもらえばいいだろう」とか、色々な声が聞かれたが、掌が「皆には迷惑をかけるが一致団結で戦い抜いてくれ」と言うと、また部屋の空気ががらりと変わって、反対の声は聞かれなくなった。


 招集が解除されると、麗輝さんが俺を呼び止める。麗輝さんが声をかけるときは決まって、掌が俺に用があるときだ。

 掌に呼ばれたとなれば、断るわけにもいかない。徐々に慣れつつも明日佳のスパルタ特訓を免れる口実には充分だ。ありがたい気持ちで俺は掌の執務室に向かった。


「失礼します」

「見苦しいところ見せて悪かったね」

 州議室での堅苦しい口調から一転して、いつもの話し言葉に切り替わっていた。

「深刻な事態なんだな」

「ええ。今日はそのことで呼んだの」

「そうだろうな。俺も戦うのか?」言語化すると沈鬱な気分になった。人を殺すのはおろか傷つけるのも忌まわしい。

「それはしない。頼まないよ」掌は意外にも断言した。「でも、みんなが思ってるよりもずっと大きな戦いになる。下手すると真教国の信者が半分消える」

「えっ……」俺は言葉を失った。大量の死体が累々と重なる光景を想像し、動悸、吐き気が襲った。死恐怖症タナトフォビアにして死体恐怖症ネクロフォビアの俺を象徴する症状だ。

「ごめん。霜鳥くんはその話題ダメだったね。だから、君には、援護を募ってほしい」

「援護? 援軍はないんだろう?」

「いや、禁軍は出せないが、夏州自体は秋州に与してるわけじゃない」

「派閥でもあるのか?」

「うん。大いにね」

 掌にしては珍しく苦笑いをした。


 掌の説明によると、春官の下野掌と秋官の判治環は犬猿の仲である。それは以前の掌の説明でも察していたが、そんな秋官を擁護する者がいるという。

「冬官がその筆頭なの。意外でしょ?」

「そうなの? ちょっとショックやわ」

 冬官は六官の中ではいちばん常識的な人物に見えた。デザイナーズではない。掌もしかり、秋官もしかり、そして卿や大夫にもデザイナーズは多くいる。そしてデザイナーズに接してきて、普通の人間に具備すべき倫理観や死生観がずれているように感じていた。

「だから、春州が焼き討ちにされたのは、絶対に冬官の後ろ盾があったはず。具合が悪いのは冬州には武具がたくさん貯蔵されている。つまり秋州に大量の武器が調達されているということ」

「それじゃ勝ち目ないじゃん」

「でも夏州は友好的だよ。もともと夏州は秋州に警察の職権を侵されて、ずっと何とかしたいと思ってきたわけだし。何とか禁軍を動かせれば……」

「天州と地州はどうなんだ?」

「そこが問題なの!」急に掌は語気を強めた。「冢宰ちょうさいをこちらの味方につけれればいちばんいいんだけど、難しいだろうな。一見紳士的だけど、丸め込むのは至難の業と思う」

 天官は冢宰とも呼ばれ、六官りっかんおびとだ。俺と掌の仲を認めてくれたけど、容貌から所作まですべて荘厳な雰囲気が漂っていた。高齢なのでデザイナーズではない。

「じゃ、地官は?」

「そう、そこで地州と手を結びたい。あの人はまだ話せば何とかなると思う」

 地官を思い出す。仮面で顔の一部を隠した無口な若い女だったと思う。黄色のワンピースのような服を身に纏っていた。名前は思い出せない。

「話せば何とかなるのか?」

 見るからに変わり者の印象がする。恥ずかしがり屋なのか『コミュ障』なのか分からないが、まともな意思疎通ができる相手には見えなかった。その上、帝や天官、掌に備わっているようなカリスマ性は感じられない。

「冢宰よりはずっと話せば分かる相手だよ」

「そっか。でも地州を味方につけるとメリットはあるのか」

「大ありだよ。地州は教育を掌る。賢者至上主義の真教国にとって、地官は猊下にとっても相当信頼の厚い人間じゃないといけない」

 失礼ながら、地官は味方につけて有益になりそうには見えなかったが……。

「地官は、私にはない能力の持ち主だよ。あの子もデザイナー・ベビーの傑作だと言われてるから」

 確かにここに来て思った。デザイナーズは遺伝子を編集されている。よって技術が新しくなればなるほど、より常人を凌駕した優秀な人間が生まれる。つまり、デザイナーズではない人間では、年輩の人間が偉くなる傾向にあるが、デザイナーズでは逆なのだ。若ければより革新的な技術を駆使して作られた優秀な人間となる。だから、六官にも若いデザイナーズが登用される。

「で、霜鳥くんには、何とか地官を、地州を説得してほしいの。春州に協力して欲しいって」

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