4-04 覚悟

 とにかく意外だった。まさか手を貸してくれるとは。

 しかし、援軍を送るは送るが、主には春州の信者が殺されたり、強制的に拉致されたりすることを防ぐ。加えて、秋州との間に入り仲裁する、と。地官大司徒の考えとしては、信者同士の不毛な戦い、死を避けるために手を貸す。秋州や冬州を攻撃するための手助けではないのだ。


 大司徒は最初、俺が掌に無条件に阿諛追従あゆついしょうしていると思っていたらしい。実は、デザイナー・ベビーについては建前では皆、推進していることになっているが、本音では推進派と慎重派と反対派に分かれているのだそうだ。掌と夏官大司馬は典型的な賛成派であり、帝の方針に合致していると言う。

 一方で慎重派と反対派については、帝の方針に異を唱えることになるため、おおっぴらには言わない。大司徒は慎重派だという。適度な技術革新によってより人類に平和が訪れるなら良いが、過度な、あるいはできすぎたデザイナーズの誕生は、新たな差別/被差別意識を生み、新たないさかいを生む。また、残穢蝸舎に象徴されるような命の尊厳を損なうことに大反対している。

 秋官大司寇と冬官大司空は反対派だが、その理由が異なっている。大司空はデザイナーズであり、もともと概して倫理意識の欠落しているデザイナーズに対してもともと良い印象を抱いていなかったらしい。大司寇はいまや故人だが、技術革新によって優秀なデザイナーズが生まれることによって、自分のアドバンテージが消滅することを危惧しての反対意見だ。

天官冢宰てんかんちょうさい殿だけは分からぬ」大司徒は言った。

 春官大宗伯の掌に、洗脳能力が備わっているように、地官大司徒にもある能力が備わっている。それは洞察能力らしいが、その精度が著しく高いため読心能力だとか予知能力と評されることもあると言う。本人は読心能力も予知能力も否定している。あくまで表情や口調の僅かな変化、少ない情況証拠から真実を推理する能力だから、洞察の域を脱しないと話している。しかしながら、天官だけは、そのような感情の機微を一切表に出すことがなく、心中しんちゅうを察することができないのだそうだ。


 ただ、大司徒はどういうわけだか複数の交代人格を有しているため、類稀たぐいまれな有能な力を持っていても、帝からの信頼で言えば六官の中でもいちばん下だと言う。もっとも、デザイナー・ベビーについて慎重派の大司徒が、帝に阿諛追従したくはないという意地があるので、それで上等だと言う。


 六官は帝の側近ばかりだと思っていた俺には、意外なカミングアウトであった。



 發明宮に戻ると、さっそく大宗伯室に報告に向かう。

 どのような態度で接すれば良いのか正直迷う。掌は俺のことを洗脳して、使い勝手の良い手駒にしたいと考えているかもしれない。しかし、俺の中では洗脳は解けている。であれば、洗脳されているように見せかけておいたほうが良いだろうか。掌に思うことがあっても、無駄な死を減らすために、まずは地州と手を取り合ってもらわねばならない。

「地官大司徒殿の内諾が得られましたが、実際に協力する前に話をしたいと仰っておられました」

 珍しく大宗伯室の中には、他のけいらがいたので、敬語で接した。掌は妙に焦っている。

「霜鳥くん、まずいよぉ。天州に交渉に行った7名中6名は囚えられて、安否の確認が取れない状況らしい。しかも春州、夏州の負傷兵は病院で手当を受けられずに捕虜になっているらしい。加えて天州は、いまにも出陣する構えなんだって!」焦りの表れなのか、他の官の前で披露するような堅苦しい口調でなくなっている。

「天州は、天官は、私達の敵だ。秋州に与したみたい。全面的な戦争になる」

 俺は言葉を失った。天州は完全に敵の手に渡ったことを暗に示していた。それはすなわち敗北を意味する。

 天州には信者が少ない。そこは特別で、最下の身分であっても士である。庶人はいないのだ。もちろん隷人も。軍人も多くいるわけじゃない。しかし、天州だけは文明が過度に発達しており、その発達した文明を具備することを許されているため、移動、攻撃、防御手段に至るまで、太刀打ちできない。何せ、こちらには近接戦闘でしか対応できない攻撃、防御手段しか持っていないのだから。


「大宗伯、この状況どうする?」俺は敢えて、掌とは呼ばずに官職名で呼んだ。

「な、総力戦でしょ? 地州も入ってくれるんだから、総力戦でしょ?」

「それで何人が死に、何人が助かる?」

「かなりの人が死ぬでしょう? でも私は最後の一人になっても、春州を護り、真教国を護る責務がある!」

 その瞬間、俺は着火のスイッチが入った。いちばん聞きたくない言葉を聞いたからだ。その証として、何よりも人を傷つけることを厭う俺が、あろうことか眼前の佳人の頬めがけて平手打ちを喰らわせていた。まったく予期せぬ人からあだなされ、さすがの掌であっても回避はままならなかった。

「不敬を承知で言ってやる! バカ野郎! 幾多の信者の犠牲の先にある帝位に何の意味がある!? 貴様は頭脳明晰かもしれないが、人間としてはクズだ! 人を守って、弱者の命をたすけて、それではじめて帝としての意義があるんじゃないのか!? え?」

「無礼者! 大宗伯に何をする!? いますぐ牢獄に入れろ!?」大宗伯室で護衛に当たっていた衛士が俺を取り押さえた。

「上等だよ! こんな腐りきった真教国くにで、大宗伯の皇婿となってぬくぬくと暮らすなんてクソくらえだ!」

「口をきくな! 罪人! 六官への暴行は死罪なり!」

「煮るなり焼くなり好きにしろ! だが、この死恐怖症タナトフォビアの俺が、自ら生きることを放棄した国にしようとしていることを重く受け止めろ!」

 俺は捨て鉢な言い方をしたが、頭の中は冷静だった。冷静な判断で、俺は自ら死罪で処されることを望んだ。それくらい、掌を見限っていた。


「離してやってくれ。私が悪かった」

 死を受け入れる覚悟を決めていた俺には、意外すぎる言葉だった。

「重罪人ですよ!? いくら大宗伯が目にかけておられても、大夫が六官に仇なすなんて前代未聞。このままでは春州を傾けますよ」

「残念ながら、既に傾いている。私は、帝位承継に拘泥こうでいするあまり、大事なものを忘れていたようだ。それを気付かせてくれたのは霜鳥くんだ」

「しかし……」俺はまだ囚えられているが、衛士は明らかに動揺している。

「地官には、春州の民と夏州の援軍を庇護してもらうよ。一人でも多く生き延びてもらう」

 次の言葉を継ぐとき、琥珀色アンバーの瞳が潤んだ。今度は掌が覚悟を決めた瞬間だった。

「──そして私は、この首を出して、信者の命をあがなう」

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