3-08 憑依

 総力戦で州を守り抜くしかない。緊急集会は決起集会から作戦会議へと様相を変えていった。もはや身分も関係ない。

 春州の民を大きく3つに分けることとし、多くは秋州と戦う部隊とし、第一軍と名付ける。冬州も敵に加担しているので数の上では不利だが、夏州の援護があるので総力戦で戦えば決して撃退できないわけではなかろう。

 第二軍は他州との折衝部隊だ。ここには戦いには向かないが、話術に長ける者が配属される。

 第三軍はいわゆる諜報員。その性質ゆえ、軍と言っても単独行動に終止するが、敵軍の動きをじっくり観察し、妙な動きがあればすぐに報告する。ここには大宗伯の特に信頼の厚い人間が配属される。


 明日佳と瞳志は第一軍に配属された。特に明日佳はその身体能力の高さゆえ、軍の統帥とうすいに任命された。心なしか明日佳の表情が非常に凛としたものに見える。おちゃらけた雰囲気の彼女を知っている俺からすれば、人が変わったかのように近寄りがたい雰囲気を出している。


 一方で、俺は戦闘には向かない。肉体は明日佳のスパルタ教育によって鍛えられたものの、死恐怖症タナトフォビアのため、第一軍の適正なしと判断された。ちょっと情けないが、その代わり第二軍に主として身を置き、場合によって第三軍を兼ねることになった。ちなみに華波さんにも第二軍に配備されたが、妊娠中なので無理はするなということであった。


 また、夏州からの援軍は100名来るということだ。非常にありがたい。夏州が秋州に寝返ることがあったらそれこそ壊滅だと思う。


 明日佳はさっそく第一軍に集められた人たちに即席の戦闘術を教えていた。武器は限られているため、武器が行き渡らない人には赤手空拳による戦い方を伝授している。デザイナーズは、往々にして身体能力も高くなっているらしい。コツさえつかめば、一撃で相手を戦闘不能状態にするくらいの潜在能力を持っているらしい。


 一方で、俺ら第二軍は頭脳戦になる。小宗伯の克叡こくえいさんや一緒に地州に行った紋揺もんようさんもいる。

「まずは、天州、地州のどちらを攻略しますか?」俺は紋揺さんに尋ねる。

「これだけの人数がいるので、分担しましょう」

 第二軍は10名いる。卿が紋揺さん含めて5名、大夫が俺と華波さんを入れて5名。

 天州には紋揺の他、卿3名、大夫3名の計7名、地州には克叡さんと俺と華波さんの3名で臨む。


「天官って六官でも最上位なんでしょ? 春州の次官である克叡さんが行かなくていいんですか?」

「本来はそうなのだけど、天官は扱いに難しい人物。交渉術は小宗伯殿よりもわたくしの方が向いているのよ」

「そうなんですか」

「小宗伯殿は少々強引なところがありますから」

「やかましいな」克叡さんは立場がないという感じで頭を掻いている。

 しかし、もともとあくが強いデザイナーズの彼らが、扱いに困ると思っているところは、そうとう攻略が難しい人物なのだろう。


 緊急集会の翌日、さっそく、俺たち地州の州府、鵷鶵えんすう宮に向かった。紋揺さんたちは天州の州府、鳳凰ほうおう宮に向かう。

 鵷鶵宮は1回目に行ったときよりも近くに感じられた。

「春州は小宗伯、勝智しょうち、字を克叡と申す者でございます。この度は、春官大宗伯からの使者として参りました」

 大司徒室の扉が開けられる。相変わらず地官大司徒の福士寧は顔の上半分を覆うマスクを被っている。

 克叡さんはずかずかと中に入り、大司徒の机の前に立った。

「単刀直入にお聞きしますが、大司徒殿は何で春州に手を貸してもらえないんですか?」


 俺は少し驚いた。ここに来てまだ短い俺ですら、無作法な聞き方だと思った。

「……」大司徒は答えない。

「おい、やばくねぇか?」華波さんは俺にそっと耳打ちした。同感である。

「ちょっと失礼に当たらないのですか?」俺はさすがに諫言した。

「俺の崇拝の対象は春官と夏官だけなんだ」なぜかそんなことを言う。

 そして再び克叡さんは言う。

「何で、何も答えないのかなぁ?」

 詰め寄るように克叡さんは言う。大司徒はだんまりだが、俺はどこか嫌な予感がした。

「俺たちは春官大宗伯の命を受けてここに来てるんですよ?」まるで糾弾するかのようだ。

「あ、え、畏れながら、この間は天公様がお許しにならなかったと記憶していますが、さ、さすがにあれから意見が変わることはないでしょうね」

 耐えかねて俺は大いにどもりながら、大司徒に問うた。

「『テンコウ』って誰だ?」空気を読まず、克叡さんは聞いてくる。内心、やめてくれ、と俺は叫んだ。その時だった。


うぬは誰に向かって口を利いておる!」

 突然、大人しかった大司徒が席を立ち、机を蹴り倒した。蹴り倒すと言っても、軽い机ではない。無垢むく材でできたようないかにも重そうなものである。俺は心から震え上がった。嫌な予感はしたが、想像以上の恐怖だ。

ちんは大司徒などではない! フクマタイテイである! 無礼な口利きは万死に値する!」

 マスクで隠れていても、その下の形相が明らかに変わっているのが分かる。何かが乗り移ったのか。気付くと部屋の壁にかけられた複数の投槍に手をかけている。

「やばい! 逃げて!」俺は咄嗟とっさに二人に呼びかけた。華奢きゃしゃな見た目から想像できないほどの怪力。命が危ない。

 天井の高くない部屋、助走距離もほぼないはずなのに、弓から放たれる矢のように水平方向に槍が投擲される。

 槍は俺達がいる壁に見事に突き刺さる。

「し、失礼しました!」

 俺らは命からがら、大司徒室を辞去する。あの槍は飾りでも護身用でもなく、攻撃用だったのだ。


「小宗伯、あれはいくらなんでもまずいですよ! 小柄な女性だから侮ってたんじゃないですか?」

「マナーに疎いあたいもあれはまずいと思う」

 俺たちはたまらず糾弾した。

「春州は侮られちゃいかん。侮られるということは大宗伯殿の顔に泥を塗ること。そして単刀直入に攻めてった方が用件が明確だ。それで大体うまくやってきた」

「うまく行かない相手だってありますよ。一歩間違ったたら串刺しになってましたよ!」


「ほう、またフクマタイテイが憑依しましたか」

 突然、後ろから聞き慣れない壮年と思われる男性の声がした。

「あ、はい。あなたは?」

「小司徒の稲益敏いなますさとしあざなでは益鋭えきえいです。私はデザイナーズではありませんので、ご安心を」

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