2-02 階級
掌が、女中(
「何で、入信したんだ?」
瞳志は懐疑的な目で俺に言った。
「だって、明日佳が瞳志を置いて俺だけ出れないだろう」
「はぁー、私たちどうなるんだろうね」明日佳は溜息をついている。
ここに来てからしばらく経って気付いたことだが、ここではスマートフォンは繋がらない。完全に圏外なのだ。
下野掌が携帯電話もスマートフォンも所持していないのは、そのためだったのだ。このエリアでは無用の長物なのである。
だから外の世界に助けを呼ぶことはできない。先ほど華波さんが連行されたときのように、きっと無理に出ようとすれば兵士(
先ほどの『大夫』が戻って来た。
「お待たせしました。入信者の皆様にこれからの生活や決まりを説明します」
「……」本来は、よろしくお願いします、とでも言うべきところだろうが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「申し遅れましたが、私は大夫で、ハツメイキュウのニョゴのコンと言います。今回あなた方の世話役を殿下から拝命しています」
†
6つの州にはそれぞれ信者が住んでいるのだが、1つの州に公共機関のすべて揃っているわけではない。春州は教会や廟堂があり、夏州には警察署、消防署、自衛隊駐屯地のようなものがあったりする。秋州は刑務所や裁判所があり、冬州は美術館がある。地州には信者の通う学校や農作物を貯蔵する倉があるらしい。そして天州は、病院や研究機関、大学など高度で重要な機関が揃っていて、天州の長(
もっとも俺を戸惑わせたのは、カーストのような身分制度があること。上から、
諸侯は六官が該当するので6人しかいない。つまり、下野掌は諸侯に当たる。
卿は六官を補佐する役目を持ち、50人ほどいると言う。諸侯の下位だが政治に携わることができる。
大夫は500名ほどいる。説明してくれている女御は大夫に当たる。この階級は政治に携わることができない。
士は5,000名くらい。軍務、教務、医務などを行う。
庶人は、いわゆる一般庶民で、農業、工業、商業を行う。
「一体、この国には何人くらいの人がいるんですか?」
「ざっとですけど、40,000人くらいいます」
「そんなに!?」
40,000人と言えば、市や町を形成するほどの規模だ。そんな謎の自治国が、千葉県の一区域を形成していたというのか。
「それから、あなた方には、日本国での名前を捨て、華波多真教国の宗教名を名乗ってもらいます。まず、霜鳥航様の、姓は
「な?」
「これは決まりです。殿下から仰せつかっています」
華波さんが『香』と名乗らされるのと同様、俺たちにも同じことを課すらしい。日本の大ヒットアニメで、主人公の洗礼の証として名前を奪われるというのがあったが、それと同じなのか。女御は続ける。
「秋澤明日佳様の姓は
「そんな!」瞳志は叫んだ。
「じきに慣れましょう。それから、香は
「字?」俺は首を傾げた。
「姓、名以外につける名前のことです。これは自分で考えてつけてもいいですし、人につけてもらっても構いません。例えば私であれば、姓を
「ちょっと、何で、かな……、いや香さんだけなんですか?」
「女子は16歳になれば名乗れることになっています。男子は20歳になれば名乗ることを
明日佳の誕生日は10月19日だったような。あと2か月くらいだ。
「勝手にあたいの年齢ばらすなよ」華波さんは膨れっ面だ。
「
「大宗伯もしくは殿下と呼んで下さい。一般的に上位の人に対して、姓、名で呼ぶことは非礼とされます。役職で呼ぶか敬称で呼びます」
「……」さっそく怒られてしまった。
「殿下は15歳ですので、字はありません。姓は
「日本名? 日本名はないんじゃないのか? だってこの自治国で暮らすんだから」
「そうは言いながらも、国家承認を受けているわけではないので、戸籍は日本国に帰属します。ここの信者は、あなた方のように日本から来られた人もいます。戸籍上の名前、日本で名乗っていた名前は日本名です。ここで生を
「なるほど」
「字を名乗るときのルールは、『カ』、『バ』、『タ』と読む漢字、『華』、『波』、『多』の漢字は、
「わ、分かりました」明日佳が首肯した。
俺は1つ疑問に思った。何で、他の3人は日本名の苗字から姓を、名前の方から名を取っているが、俺だけ、姓を霜、名を鳥と両方とも苗字に由来している。『航』は諱にはならないはずだが、と思ったが、ここで尋ねることはやめておいた。
「あと、これからあなた方は、ここで生活する上で、身分が与えられます。これも殿下が決められたことですので、絶対的なものです」
俺は思わず息を呑んだ。ここは厳格なカースト社会なのだ。
「鳥と明は
「な!? みんな一緒じゃねえのかよ」華波さんが激昂する。
「無礼者! 庶人が大夫に不行儀な口利きをするか!?」
先ほどまで慇懃な態度だった女御が、自分より下の身分を告知した瞬間から、高圧的な態度をとった。見ている俺がビクビクした。
「これから、上位の者に対しては、
「……」
「返事をしなさい! 瞳! 香!」
「……はい」彼らは渋々小声で返事した。
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