1-09 随伴
俺だけがひとりウキウキした気持ちで電車に乗ると思ったのに、初っ端から想定外の事態となり、げんなりした。
「何で尾行なんかするんだよ?」
当然追及せざるを得ない。
「だって、航ひとりにデートを任せるのは、どこか危なっかしくて」
「それでも普通わざわざついてくるかな? 2回目のデートなんだぜ」
「知ってる。ついでに謝っておくと1回目も尾行してた」
「はっ? 1回目も?」
イオンモールでレストランを後にしたときに感じた気配の正体はこれだったのか。
「ごめんねっ! えへっ」
反省の感じられない謝り方だったが、なぜか本気で怒る気になれないのは、明日佳に借りがあるからだ。彼女の協力がなければ付き合うことはできなかっただろう。
「瞳志は何でいるんだ?」
むしろこっちの方が
「自然を装って尾行するには、あたしたちもカップルになっといた方がいいでしょ」
そういう理屈なのか。で、何でそのお相手が瞳志なのだ。
「下野さんのウィッグとカラコンの調査がまだできていないからな」瞳志が答える。
まだやっていたのか、と俺は心の中で突っ込んだ。同時に俺は少し冷静になる。彼女がカラコンをしているという事実を俺は突き止めている。しかし、それを瞳志に話すかどうかは
勝手な憶測だが、スマホも携帯電話も許可されていない、オシャレの方法も分からない掌ちゃんが辿り着いた精一杯の背伸びだとしたら、
「で、本当について来るのか? 今日は家に招待されてんだぞ?」
「大丈夫、門前までついてくだけだから」
明日佳はいけしゃあしゃあと言う。お前は俺の母ちゃんか。
まあ、これ以上言っても無駄なような気がしてきた。ついてくるならついてきたら良い。長旅なんだし、退屈しのぎに誰かいた方が、気が紛れるか。
総武本線で千葉駅から
ふと、日帰りは可能なのだろうか、と思った。明日も特に用事はないが、着替えがない。それ以上に、いきなり彼女の家に上がって泊まらせてもらうことに戸惑う。高校生として心の準備が追いつかない、と同時に変な妄想を膨らます。
「だらしない顔してるよ」すかさず横から指摘を受ける。
「何でもない!」
俺はどうやら顔に出やすいらしいので、邪念は振り払う必要がある。妙に明日佳も瞳志も勘が良いから。
横芝駅に着いたときには9時半前を過ぎていた。千葉市より東は概してのどかなところが多い。バスの本数も多くなく、待ち時間も45分くらいある。
「本当に家までついて来る気か?」
改めて聞くと、もちろんと言って頷く。明日佳はどこか怪しい。何でここまで固執するのか。こんな花美丘高校の生徒がまず来ないような駅で、ローカルなバスに同乗しようとしている時点で、尾行はバレても仕方ないと思っているはずだ。どういう了見なのだろうか。
手持ち無沙汰なので、駅前のちょっとした喫茶店で時間を潰すことにする。
「バス停はどこなの?」
「えっと……」俺は事前に掌ちゃんに渡されたメモ用紙を広げる。『華波多南口』と書かれている。「『カナミタみなみぐち』って読むんかな?」
読み仮名がないので分からない。でも最近のバスは、電光掲示板でバス停名が表示されるし、迷うことはないだろう。
「『かばたみなみぐち』だよ、それ」
背後から女性の声が聞こえてきた。振り返ると、長身で茶髪と金髪のメッシュのかかった長い髪を揺らした女性が立っている。俺らよりは年上だということが分かるが、昔は不良だったような面影を残していて豪胆な印象だ。でも顔立ちは整っている。
「あ、ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。それより、そこに行けって言われてんのか?」
その女性の眼光は鋭い。何が言いたいのだろうか。
「はい。僕らはそこに向かい──」
「やめといた方がええ」
言下にそう言われてしまった。
「でも、彼女の家があるんです」
「……おすすめはしない。引き返した方がええ」
「何で?」
「詳しくは言えんけど、ええ噂がねぇことだけ伝えとく」
何とも含みのある言い方だ。詳しく言ってもらわないと納得いかない。
「同級生なんです。招待されているんです」
「同級生? 本当に?」
「はい」
この女性は何か考え事をしている様子だ。まるで納得がいかないかのような。
「分かった。あたいも同行する」
「え?」
「念のため、親御さんに、今日は帰って来れんと、一言伝えておいた方がええな」
†
時間どおり、『華波多南口』を経由するバスはやって来た。俺ら以外に乗客は少ない。その数少ない乗客は、早々と途中の停留所で降りてしまっていた。
バスはどんどん山奥に進む。民家もほとんどない。こんなところに本当に掌ちゃんの家があるというのか。少し不安になってきた。
「自己紹介まだだったな。『タカバカナミ』って言うんだ。」その女性は言う。
「タカバ?」
「こっちじゃ珍しい名前かもな。鷹の羽って書く。親父が愛知の出身なんだ。いろいろあって、フリーライターやってる」
どう反応すれば分からず取りあえず頷いていると、名前は、と聞かれた。
「霜鳥航って言います」
「私は秋澤明日佳です」
「川嶋瞳志です」
「航、明日佳、瞳志ね。覚えた! あたいのことは『カナミ』でいいよ。で、航はともかく、残りの二人は何でここに来てんだ?」
「あたしら航の保護者みたいなもんです」
明日佳は、初対面の年上の女性に堂々と冗談を言う。
「ちゃんとした目的のある航はともかく、他の二人は引き返した方がええと思うが……」
「そんな、伏魔殿みたいな言われ方したら、保護者としてはますます放っておけないじゃないですか?」
毅然とした態度で明日佳は言う。やはり妙だ。そんな不気味なことを言われたら、普通帰ろうと思うだろう。現にバスは人気のない山の中を進んでいくというのに。
「伏魔殿か。なるほど。君たち面白いな」
「それで、何であなたは伏魔殿呼ばわりしてる所に行こうとしてるんです?」今度は瞳志が口を開いた。
「実はな、あたいはその伏魔殿を探りたいとずっと思ってんだ」
あまりにみんなが伏魔殿と連呼するので、いっそう不安に思えてきた。
「何で探ろうとしてるんです?」俺は耐えかねて聞いた。
「昔のツレが、そこに行って戻って
その言葉は俺をぞっとさせた。掌ちゃんは本当にそんな所に住んでいるというのか。
すると、次は『
山道を颯爽とバスは駆け抜け停車する。
掌ちゃんにはバス停まで迎えに行くと言われている。車で迎えに来るのだろうか。でも4人もいるから驚くだろう。
それとも、明日佳たちは掌ちゃんの姿を確認したら帰るのだろうか。次このバス停にバスが来るのはずっと先のように思えるが。
ほどなく一台のセダンがバス停の前に停まった。車通りの少ない道。これが迎えの車だと察した。
降りてきたのは一人のスーツを着た壮年の男性。使用人だろうか。
「霜鳥航様でいらっしゃいますね?」
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