1-06 逢瀬

 様々なデートプランを考えた。もちろんこんなことはじめてのことだ。

 屋外で身体を動かすプランや屋内で買い物や映画を楽しむプランなど。千葉は幕張メッセもあるし、大きなショッピングモールもある。千葉マリンスタジアムもある。アスレチックを擁する公園だってある。

 いずれも、携帯電話すら持たないほどどこか浮世離れしている下野さんのイメージとは異なる。だからこそいろいろ候補を用意しておいて困ることはないだろう。

 まめで準備の良い男は女受けすると明日佳が言っていたし。


 それに当たり前だが、やっぱり彼女のことを知りたいという気持ちが強かった。何が好きなのか、どこに住んでいるのか、すべてはブラックボックスに包まれている。彼女から俺に話しかけたり、自分のことを語ってきたりする様子はない。俺のことを聞いてくる様子もないけど……。

 もし、学校で話したくないのなら、場所を移してでも話して欲しい。付き合うという事実だけで、中身を伴っていないのは辛い。


 放課後、俺は帰ろうとする下野さんを引き留めて、デートを持ちかけた。映画や公園はなかば口実であって、一緒にご飯を食べて彼女と話をしたいと思っている。

「今度の日曜日、どこか遊びにでも行かない?」

 その今度の日曜日というのは、一学期最後の日曜日である。部活は日曜日が休みである。夏休みに入るや否やすぐに強化合宿が待っているので、できれば始まる前に一度会っておきたかった。

 念願の初デートを取り付けて、かなり苦しいともっぱら噂の強化合宿への景気付けにしたい。

「いいよ」

 寡黙で一見無愛想に見える下野さんだが、意外にも簡単にオッケーの返事をもらえる。

「どこに行きたいとかあるかな?」

「……えっと、えーっと」

 いきなりの問いかけに明らかな動揺が感じ取られる。勝手な想像だが、彼女にとっても初デートになろう。そのようなプランなどきっとイメージしてこなかったに違いない。

 だから、プランニングを丸投げではなく、ちゃんと用意周到に10個くらい用意してきたんだ。どんなことを言われても、ご希望のプランが示せるように。くどいようだが、まめで準備の良い男は女受けすると明日佳が言っていたんだ。


 しかし、彼女から意外な回答が帰ってきた。

「じ、神社仏閣巡り以外ならいいよ」

 『神社仏閣巡り』というキーワードにまず驚く。『歴女れきじょ』という造語があるくらいなのでそれ自体がおかしいではないが、彼女は『神社仏閣巡り』と言った。

 何か嫌な思い出でもあるのだろうか。修学旅行で迷子になったとか。

 幸か不幸か、俺は神社仏閣巡りのプランまでは用意していなかったし、困ることは何もないのだが、これはこれで彼女に関する不思議がまたひとつ増えたことになる。

「分かった。了解。そ、それ以外には何か希望はないかな? 逆に行きたいところとかさ」

「……」

 だんまりだった。行きたくないところはあるが、行きたいところは特にないらしい。デートの誘いに対して二つ返事だったのに、テンションが上がっている様子がどうしても見られないので、俺は少し落胆した。


 結局、オーソドックスにショッピングモールに行くことにした。京葉線けいようせん幕張豊砂まくはりとよすな駅そばにある、日本でも有数の巨大なイオンモールだ。ここは、映画館もあるしイベントもやっている。レストランやカフェもいくらでもある。総武線の稲毛駅付近にもイオンモールはあるが、幕張新都心のそれと比べてはかなり狭いし、南船橋みなみふなばし駅のららぽーとはちょっと遠い。


「何時にする?」

「あ、あまり朝早いのはちょっと……」

 早くデートしたいのは山々だが、お互い準備だってあるし、そもそも開店していないと思う。

「じゃあ10時くらいは?」

「そ、それもちょっと早いかな」

 当日彼女がどういう格好で来るか分からないが、あまり化粧をしているようには見えないところ、何に時間がかかっているのだろうか。学校が始まるよりは遅い時間だというのに。

「じゃ、11時は?」

「いいよ」彼女は小さく頷いた。「そして、ごめんね」と一言、言った。

「構わないよ。準備だってあるもんね」

「そうだけど、私、家が遠くて……」

 ここで、ずっと疑問だった住居地にはじめて言及した。緑区みどりくとか若葉区わかばくとかだろうか。

「どこに住んでるの?」

香取市かとりし

「えっ!? 香取市!?」

 香取市と言えば茨城県に接しており、北は霞ヶ浦かすみがうらに近い。千葉市は千葉県マスコットキャラクターとして知られる『チーバくん』で言うと首のあたりで、幕張近辺に限定すれば下顎に当たり、香取市は耳の付け根当たり。端的に言うとめちゃめちゃ遠い。

「ごめんね」彼女は再び申し訳なさそうに言う。

 いや、謝ることはないし、むしろこっちのほうが休日に呼び出してしまって申し訳ない。彼女が部活に入らず直帰する理由がよく分かったような気がした。



 そして、街に待った日曜日。待ち合わせはイオンモール最寄りの幕張豊砂駅。令和5年の春にオープンしたいちばん新しい駅だから、どこか近未来的で改札口もプラットホームもピカピカである。俺は15分前に到着してしまい、下野さんはまだ来ていない。初デートで待たせるのはどうしても男のマナーとしてやっちゃいけないことだと思っていたし、携帯電話を所持していないので、先に自分がいることで安心させたかったというのもある。


 彼女はどのような格好で来るのだろうか。

 正直彼女の化粧をした顔も私服も想像できない。そもそもデートも想像ができない。もっともそれは俺もはじめてのことだから、標準的なデートなるものを知らないだけなのだが。


 待つこと10分。待ち合わせの5分前に彼女はやって来た。予想に反した格好だった。

 服装はいつもの制服。髪もいつもどおりのもっさりとしたヘアスタイル。

 私服を期待していた俺は、申し訳ないけど少しがっかりした。もちろん口に出さないけど。

 しかし、落胆は一瞬だった。その前髪を掻き分けると、学校では滅多に見られない、黒縁眼鏡をつけていない顔が見えたのだ。

「ごめんね、待たせちゃって」

 そう言う顔は、恐らくすっぴんでありながら、曇りひとつないほど澄み切ったご尊顔が顕れた。どのドラマの女優よりも美しく、極端かもしれないが人工知能AIで俺の理想を追究し、コンピュータグラフィックス《CG》で実現せしめたような美貌。日本人離れした顔でありながら完全なる外国人でもない。どこか異世界からやってきたような彼女の目には、なぜか黄色いカラーコンタクトが入っていた。

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