2-11 披露

 夏官の奇抜な登場による自己紹介を受けて、六官が一癖も二癖もある人が多いことを実感した。

 しかし、まだこれが序の口だということを直後に知ることになる。


「何、おめぇら、そこでぐずぐずしてんだ。朝議でもねぇのに、呼び出しやがってよ!」

 室に入るや否や、大声で怒鳴り散らす声が聞こえる。


「秋官には気を付けて」

 掌は俺に耳打ちした。

 金髪メッシュの鶏冠のような髪型をした男がいた。ビジュアル系ロックバンド風と言えば聞こえは良いかもしれないが、どこか不良っぽい。そんなイメージを助長するかのように、楽器ではなくて鉄パイプを握り締めている。加えてシルバーグレーの学ランを着ている。この人も諸侯の一人だというのか。


「おい、下掌げしょう。どーゆーことだ!」

「その呼び方は止めてって言ってるでしょ! 説明するから」

「ははん、隣の冴えない野郎。そいつがだんつくってわけか」

 すると、その男は俺を睨み付けながら近付いてきた。そして鉄パイプの尖端を俺の前に突き出す。

「その髪、その目、お前は『デザイナーズ』じゃなくて旧人類だな」

「デザイナーズ? 旧人類?」

「俺らは、設計デザインされた新人類。『デザイナーズ』とも呼ばれる。この世界では、俺らデザイナーズは、設計されてないてめぇら旧人類よりも格上だ。三下は出る幕なし!」

 極めて威圧的だ。態度も尊大。外見や出自だけで人を差別する不愉快な男。自ずと敵対心が生まれる。

 メラメラと燃え盛ろうとする怒りを自制していると、穏やかな男性の声が聞こえた。

「そんな乱暴を働くな。ハンジ殿。旧人類ならわたくしもそうだし、帝や天官もそうではないか」

「帝、タマオキのおっさんは年取ってるだけやろ。耄碌もうろくしたら、デザイナーズに代わる。そういう意味じゃ、旧人類でここまで登り詰めたのはお前だけだろう、フルタニさんよ」

 フルタニさんと呼ばれたのは、黒系のスーツを身に纏った、紳士的な男性だ。35〜40歳くらいに見える。

「申し遅れました。私は、冬官大司空とうかんだいしくう古谷ふるたに健宜けんぎと言います。あなたと一緒で、日本からここに入信しました。いまは土木や工業を所管しています。日本で言う国交省と経産省が合わさったようなものでしょうか」

「はじめまして。霜鳥航です」

 秋官と違って、この男性には挨拶を交わす気が起きた。

「ちなみに、あのグレーの学ランの男は、秋官大司寇しゅうかんだいしこう判治はんじかんと言います。司法を担当する」

「何、勝手にバラしてんだ」

「それが礼儀というものでしょう」


 よく見ると、もう一人、やけに若い女性がいる。白色の派手な、露出の多い服を着た女性だ。ひょっとしてあの人も諸侯なのか。

「あの女の人は?」

 すると、その女性は気付いたらしく「何か用?」と不快そうな表情を見せる。

「彼女も諸侯ですか?」

「いいえ、彼女は小司寇しょうしこう、つまり秋官の補佐役です。名前は雲類鷲うるわしきょうと言います」

「天官と地官はいないのですか?」

 俺はここぞとばかりに冬官に質問している。デザーナーズでない者どうし、親近感を覚えたのかもしれない。

「地官ならいますよ、そこに。天官はいませんが」

 冬官が指差した方向に、三角座りしている小柄な人物がいた。なぜか顔の上半分をマスクで隠している。オペラ座の怪人のように。目や鼻は隠れているが、口元の雰囲気と黄色系のワンピースの雰囲気からすると若い女性だ。

「彼女は地官大司徒ちかんだいしと福士ふくしねい

 紹介されたにもかかわらず、こちらを見向きもしないし話すこともしない。

「もー、終わったんでしょ。掌ちゃんの彼氏のお披露目会。期待はずれだったな」

 そう言うのは小司寇の雲類鷲。朝議室よりもずっと渋谷しぶや原宿はらじゅくにいそうな風体だ。

「天官がまだですよ」

「あのジジイ、何やってんのぉ?」


 春官の下野掌、夏官の弓納持壮、秋官の判治環、冬官の古谷健宜、地官の福士寧、そして秋官の補佐の雲類鷲響を紹介された。みな若いことに驚くが、こんなに人間性がバラバラだと、さぞ話は紛糾するだろう。

 ここにはあまり加わりたくないなという気持ちが芽生え始める。同時に早くここを去りたい。


「遅くなってすまぬ」

 バリトン歌手のような低音域の声が室に響いた。

 そこには、白衣のような服を着た男がいた。下野掌とは異なり、加齢による白髪を蓄えつつも、オールバックで綺麗にまとめられた男だ。

「天官殿、お待ちしておりました」冬官が言う。

「おせーな、早よ来いっての」この声は秋官の判治だ。

「小生は、天官冢宰てんかんちょうさい玉置たまおき恒巳つねみと申す。名は?」

「し、霜鳥航と言います」

「なるほど。春官が選び、猊下もお認めになった。小生が何か口を挟むことはない。慣れぬこともあろうが、猊下と春官に付き従うが宜しかろう」

「はい」

 そう言って天官は去っていった。猊下にも勝るとも劣らないほどの威厳があったが、掌と俺の関係を認めている。天官は冢宰ともいい、残り五官、いやすべての官を統べる官職だ。猊下の補佐役でもあり、ここのナンバー2である。


 その二人に存在を認められたのならひとまず良かったのか。

「もー解散でいーんだね!」雲類鷲が言うと、次々と朝議室を辞去していった。



「はー、疲れた」

 華軒を降りて、掌の邸宅の椅子に腰掛けるや否や息をついた。

「お疲れさん、これであとは華燭の儀を整えていくだけ」

「まだやることがあんのか?」

「華燭の儀って意味分かる。婚礼なんだよ」

 婚礼という言葉を脳内で反芻した。分かる言葉のはずなのに、現実味がなく、理解に一定の時間を要した。結婚することは前にも聞いていたが、もっともっと先のことだと思っていた。日本では30過ぎてから結婚することも珍しくないのだから。

「も、もう結婚するのか?」

「正式には、私が成人してから。ここでは女は16になったら成人したとみなされる。生を享けたのが10月8日だから、それまでは準備期間だね。成人しないと結婚が認められないし、帝にもなれないんだけど」

 10月生まれといえば、確か明日佳もそうじゃなかったか、とふと思い浮かばれる。

「最終的には帝になりたいんだろ? 帝になるのには結婚しないといけないのか?」

「帝にはなりたいけど、帝になってからでは結婚できない。霜鳥くんを皇婿こうせいに迎えるためには先に結婚しなければならない」

 なるほど、と思ったが、まだまだ納得のいかないことがあった。

「でも、結婚はそんなに急がないといけないことなのか。成人してしばらくしてからじゃダメなのか」

「真教国の教義として、帝を空位にはできないの。空位にできるのは1週間まで。1週間以上経過するとここは滅びると言われている」

「滅びる??」

「猊下は自分以外の人が帝を務めることはあり得ないと思っていた。だから、本当は死ぬと同時に真教国は滅びるように、仕掛けを施しているらしい。でも、ここまで教団が大きくなって、易々やすやすと教団を解体できない規模になったとき、天官が猊下に対して説得に説得を重ねた。死後1週間までに禅譲すれば、滅ばないようになったんだと」

 禅譲放伐を取り入れたのは天官の努力だったのか。てっきり帝がその思想の礎を作ったかと思っていた。

「そっか、で、猊下は禅譲するなら、下野掌だと。そういうわけだな」

「ようやく理解できたみたいね」

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