3-06 渉外

 今日は遅いのでまた明朝、夏州に赴くことになった。目的は春州の護衛と援軍を改めて確約させること。

 実は少し違和感を感じている。そんなに悠長で良いのか。夏州は春州の味方につくと言っているけど、それは確定事項なのか。自分だったら、こうしている間にも襲われるかもしれないから、先に夏州へ護衛を頼むだろう。


「今日は私と一緒にいてくれないかな」その言ったときの掌の表情は見たこともないものだった。「私は怖いんだ」

「え? だって、俺は大夫だぞ」

「春官大宗伯のめいとして聞いてほしい。今夜は私と一緒にいて」

「俺は護衛には力不足だぞ。血を見ただけで倒れるぞ」

「知ってる。でも私には霜鳥くんが必要なんだ」

 掌は俺に口づけた。波濤はとうのように、掌の不安と俺に離れてもらいたくないというメッセージがなだれ込んできた。何度目の口づけか分からないが、毎回何かを植え付けられるようだった。そして今回のがいちばん切実さが伝わってきた。




 翌朝、再び馬車を出してもらい夏州に行くことになった。

 おかげさまで学校には行ったり行かなかったりだ。ここでの単位はどうなってるのか。

 学校と言えば、花美丘高校はどうなってるのだろう。夏休みに同じクラスの生徒が4人も忽然と姿を消したのだ。地元では大騒ぎになっているはずだけっど、ここにいると驚くほど何も情報が入ってこない。日本の、それも千葉にいるはずなのに、まるで別世界だ。


 もう一つ気になるのは、本当に今更だけど、俺たちがここに来てから、二学期になっても掌が花美丘高校に行っている様子がまるでない。おそらく諸侯には真教国の外に出る特権が与えられているのだろう。だから掌は花美丘高校に通えるはず。

 もっとも、今は春州の危機なのでそれどころではないのが分かるが、そうなる前にも二学期は始まっており、それにも関わらず彼女は真教国ここにいる。


 そんな疑問が頭をよぎるも、いまは春州を護らないといけない。

 馬車に揺られながら俺は掌に聞いた。

「地官ってどんな人なんだ?」

「どんな人って? 会ってるでしょ?」

「会ってるけど、謎が多すぎる。そもそも何で仮面を被ってるんだ?」

 六官に1回以上会っているけど、どれもが強い。地官は俺の想像を超えて独特だった。

「私も何で仮面を被ってるか知らない。でも何かの拍子で人前で仮面を外すとは聞いている。その素顔を見たのは本当にごくわずからしいけど」

「恥ずかしがり屋なのか?」

 そう聞いて俺はそれが愚問だと気づいた。あの人は常に神のお告げで動いている。単に恥ずかしがり屋という理由で拒んでいるのではないはずだ。

「そうかもしれないね」意外にも掌は肯定した。「あの人の心を開くのが、地州を味方につける秘訣かもしれない」



 夏州に入ると、軍政を所管しているだけあって、あちらこちらで軍人が訓練している様子が見える。その光景を見て、俺は疑問に感じたことをぶつけた。

真教国ここは、同じ宗教団体なんだろう? 40,000人くらい信者いるって言っても、国としては決して多くないと思うけど、何で独自の軍を持ってる必要があるんだ? そんなに紛争が起こるの?」

「ここは身分社会だから、日本にいて入信したて庶人は、馴染めずに暴動を起こすことがあった。特に設立当初はね?」

「いまはないのか?」

「デザイナーズが増えて、減ってきたね」

「デザイナーズが増えると何で減るんだ?」俺にはそのロジックがわからなかった。

「生産性が上がったから。デザイナーズの中には、常人にはなかった発想を持つ人もいる。簡単に言うと農業も工業も技術革新がなされて、世界に輸出して高値で取引できるレベルになった」

「そ、そうなのか?」

 にわかに信じがたかった。産業革命以前の文明しかないと思っていたこの国で、世界も認める先端技術があちこち隠れているというのか。

「でも……」俺は続けた。「それならなおさら、軍が必要なんだ??」

「暴動鎮圧の名残、ってのもあるけど、いちばんは人材輩出かな」

「輩出って、真教国の外に、ってこと?」

「そう。真教国は脱走は認められないけど、人材輩出は認めている。言っとくけど、ここの軍人は世界レベルだから、一部の軍は喉から手が出るほど欲しがってる。禁軍はそのへんの普通の軍人とは比べ物にはならないくらい強いからね」


 俺は納得した。真教国は決して後進国ではない。一見貧しく見える世界で、庶人がなぜ食べ物に困らないか。農業の技術が上がって、自分たちの食い扶持を保持できる豊かになってきたというのもあるかもしれないが、それよりも外交が肝なのだ。農業、工業だけでなくヒューマンリソースを精錬させて、貴重な資源にしているのだ。ということは、華波多真教国というのは、日本や諸外国に認められた団体なのか。


「さ、着いたよ! ここがショウホウキュウだよ」

 目の前に現れたのは、發明宮とも鵷鶵宮ともまた一味違った州府だった。漢字では『鷦鵬宮』と表すらしいその建物は、高塀に囲まれており、内部には灼熱のように赤い外壁の要塞のような荘厳な出で立ちをした巨大な建造物だった。

 また州府の周りには、幾多もの小さな建物(小さなと言っても2~3階建てであるが)が並んでいる。

「州府って、州によって様々なんだな」

「あ、一見いちげんさんにとってはちょっと敷居が高いかな?」

「高いってもんじゃない。入ろうと思っても引き返すくらいの威厳がある」


 中央の巨大な建造物に向かう石畳の両脇には、恭しく叩頭こうとうしている軍人と思しき人がびっしり並んでいる。

 馬車を降りると、一人の男が拱手礼をしながら出てきた。30歳代と思しき口ひげを蓄えた男だ。

「春官大宗伯殿におかれましては、変わらずご健勝でますます麗しく、不佞ふねい小司馬しょうしば笠晋りゅうしんとしましても、大変喜ばしい限り──」

「大司馬はどちらにおられますの?」

「大司馬は大司馬室におられます。小官がご案内申し上──」

「構わぬ。我々だけで参る」

「ははっ!」小司馬と名乗る男は、少し残念そうな表情をしながら拱手礼をしながら深々と頭を下げた。


 鷦鵬宮の人間は押し並べて掌に敬意を表していた。春州と夏州には何か固い結束のようなものを感じる。

 門より距離はあったが迷いなく大司馬室の前に立つ。掌は鷦鵬宮の構造を知っているのか。

 部屋の前には、秘書と思われる人間が2名、叩頭しながら待機していた。

「そんなことする必要はない。部屋を開けてくれないか」

「ははっ! 畏まりまして!」

 秘書はそう言うと、ぎしぎしと音を立てながら重そうな扉が開いた。


「忙しいとこ悪いね。入るよ」

「相変わらず、相手によって話し方を変える女だな」以前一度会った夏官大司馬の納持のうじだ。青いほうを着ている。「で、何の用だ?」

「書簡を持ってきた。形式上ね。用件は、春州が秋州と思しき衛士に襲われてるから、援護してほしい」

「いいよ!」

 交渉開始から10秒でまとまった。話が早すぎる。


「秋官大司寇が死んだ件だな? 逆恨みされてるわけか?」

「逆恨みも何も。私がったんだから」

「お前さんが殺ったんか。そんなこと簡単に暴露していいのか?」

秋州やつらは誰が犯人でも一緒だって。春官わたしを殺る口実があれば充分なんだよ」

「秋州にはこの俺も思うところがあるからな。禁軍は猊下しか動かせんから無理だけど、禁軍以外の全軍人を貸し出そう」


 大司馬室の滞在時間は約5分ほど。あっという間で俺は驚いていた。

「夏州とは仲いいんだな」

「長い付き合いだからね」

 馬車に戻る途中、俺は気になってたまらず聞いたが、それ以上の答えはなかった。

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