042 酒宴1

 インビジブルジャイアントを討伐して四日後にようやく都市まで帰ってこれた。


 なぜ四日後になったのかというとタイカの怪我は比較的軽く、高価な治療薬は重傷者に優先して使用されていた。また、多くの正気を保っていた討伐隊メンバーは夜に吠えるもの黒い男の化身が再び現れるのを恐れてか即日に走って帰っていた為にテントの空きは十分にあったのでタイカは体力が自然回復するまで中継地で休んでいたからだ。


 また付け足すならば走って帰りたくなかったから馬車が空くまでのんびりしていたからだ。


「やっと片付きましたねー。これで俺も迷宮都市ラビリンスの一員だ!」


 冒険者協会に入ったら受付にいたソウチョウからようやく冒険者カードを貰いタイカはご機嫌だった。カードの隅々まで眺めている。


「良かったね。アタシも紹介した甲斐があったよ……」


 なんでそんなに元気なんだと呆れ顔のシオンだ。実はここ四日程は中継地キャンプから周辺地域の捜索が行われていた。もちろん夜に吠えるもの黒い男の化身の所在が不明だったことから安全確認のためだ。これが終わらなければ何時まで経っても避難民たちは浅葱村へ帰ることもかなわない為シオンは積極的にこの任務に参加していた。それをみたブンギも当然の様に参加することになるがタイカは怪我を理由に辞退していた。


 もっとも、代わりにキャンプ地で重傷者の手当や発狂者や世話などの手伝いで奔走するはめになったので休めていたとは言い難い状況ではあったが。


「もうクタクタだ……。飯食って今日は解散しようぜ」


 ブンギとシオンはかなりげっそりとしている。


 なぜ二人がここまで疲労しているかといえば周辺捜索を引き受けた冒険者がほとんどいなかったからだ。多くの冒険者は使い物にならない状態だったし正気を保った者も夜に吠えるもの黒い男の化身を恐れて都市へ帰っていた。その為に人使い荒くこき使われてしまった。


「二人のおかげで安全宣言も出そうだし今日は飲みましょう!」


『おおー!』


「……お前はずっとキャンプで休んでたから元気だなぁ」


「脚を捻挫してて身体強化も使えないんです。無理ですよ」


 その分タイカはキャンプ地で重傷者の治療や移動などに駆り出される事になったがやはり疲労具合は二人に比べれば随分と軽るかった。


「ああ、そういえば一週間後に赤森家が冒険者へ慰労も兼ねた酒宴を開くそうですよ。そこで今回の事件に関連する依頼を受けた冒険者達が呼ばれるそうです。三人とも招待メンバーに入ってますよ。おめでとうございます」


「へえ!酒宴ですか。いいですねー!」


『おおお!』


「結構大きな催しになるらしいですよ。貴族達も結構いらっしゃるらしいですし」


「えっ……貴族と一緒に冒険者も呼ぶんですか?」


 意外そうにタイカが訊ねた。貴族主催となればドレスコードや礼儀作法もある程度要求されるが庶民出身者の多い冒険者ではその辺りの知識に疎く失礼をする可能性もある。その場合は不敬罪に問われる可能性すらあった。もちろんトドロキ自身はある程度の寛容さを期待できたが酒宴に参加する他の貴族までは保証できない。


「ああ、タイカさんはまだランクが低いので貴族絡みの依頼は受けられないのでその辺が心配なんでしょう。三級に上がるためにはその辺の礼儀なども倣う必要があるんですが。でも今回は大丈夫ですよ。無礼講を前面にだしている酒宴ですので酔って暴力を振るった……とかでない限りお咎めなどでませんよ。参加する貴族もそれを承知してきますので」


「そうでしたか……って、ええ?じゃあブンギって三級なんですか?」


 危うくスルーしそうであったがブンギは青川家の御者として貴族絡みの依頼を受けていた。ならばそうゆう事なのかと声を荒げる。


「……ちがうよ。四級だけどなんでそんな驚くんだよ……」


 心外だと言わんばかりの顔で訂正する。


「いや、だってあの家の息子を帝都まで護衛してましたよね?」


「ああ……あの任務は、まあ。依頼料との兼ね合いでいろいろと調整が入りましたので……」


 苦笑したソウチョウからの裏話にみんな納得顔をする。ますますタイカの中で青川家の評価は落ちていったが懸念事項は解消された。


「じゃあ三人で酒宴に参加しましょうよ!」


『わーい!いくぞー!』


「そうね。行ってみましょうか」


「お、おお!行こうぜ!」


「わかりました。名簿に記載しておきますので招待状は後日受け取りに来てください」


 ブンギだけは若干の引っかかりを残したが三人は酒宴への参加を決めた。ここにいないもう一人の少女も酒宴へ招待されているだろう。参加するだろうか。タイカはあれから一度も顔を合わせていないモエハの事が少し気にかかった。



 赤森家が主催する酒宴当日の正午前、タイカは酒宴会場へ向かって足早に歩いていた。開演の時刻までわりとギリギリである。今回の酒宴は人数が多いため赤森家の屋敷でも手狭となるので郊外にある広場を貸しきっての開催であった。


 タイカが本日身に着けているのはリュウヤに貰った一張羅で白いシャツに黒のベストとスラックスといった装いだ。ドレスコードは指定されていないが身綺麗にしていく分には問題ないだろう。


 街の中央付近の広場まで来るとイチョウ並木が鮮やかに黄色づいている。迷宮都市ラビリンスに来た初日にも見ているが今はまた違った印象にみえる。あの時は黄色いな程度にしか思っていなかったイチョウも今は食欲の秋を象徴するかのようにこれから始まる酒宴への期待を否が応にも高めていた。なんならビールジョッキを傾けて乾杯しているかのようにも見えてくる見事なイチョウ並木である。


『楽しみだなー。五家老の一つが主催するパーティかあ。凄いんだろうな』


 元貴族であったタイカでも五家老クラスの酒宴は未知だった。そもそも実家が主催する酒宴も評定後の身内でやるものしか参加する事がなかったタイカだ。満漢全席が出てくるのか立食形式のビュッフェなのかも想像できない。多くの冒険者が招待されている事からも質より量を重視している可能性も十分に考えられた。


『わくわくがとまんねー!』


 本当に楽しみにしているのだろう。昨夜から随分と張り切っていて睡眠の邪魔になっていたクンマーだ。そのせいで今日は少し寝坊していた。


『でもモンスターの被害が大きかったからなあ。これから出費が嵩むだろうし案外質素になってる可能性もあるか……』


 状況を考えれば十分にあり得た。あまり期待しすぎて落胆しないように戒める。


『ええ?!そんなー!』


『まぁ実際見るまでのお楽しみだ!』


『うむー!』


 遠目に会場が目えてきたが既に多くの人が集まっている様で入り口の前にブンギとシオンの姿を発見した。戒めた直後であったがやはり期待は大きく、ついつい歩く速度は上がっていっていた。

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