039 インビジブルジャイアント討伐戦5

 インビジブルジャイアントがトドロキへ飛びかかる直前にダヴーの集団魔法は準備を終えていた。あとは魔法を発動するだけでだが、それが最も危険な工程でもあった。それ以前の工程ではれば失敗しても魔力は霧散するだけで済むが、魔力を魔法に加工する際に失敗すれば膨大な魔力が暴発することになる。そもそも集団魔法が失敗するのは行使者達の間で意思の疎通が取れていない事が原因だった。その為ダヴーは印と呪文を適用する事でこの問題の解決を測った。その効果は覿面てきめんで訓練時には高い成功率を誇った。


 ダヴーはゆっくりと手を上げる。そこから手で印を結ぶとダヴー合わせるように領軍は全員同じ印を結んでいく。


 ダヴーに流れていた魔力の渦がピタリと止まった。


 膨大な魔力が変質していく。これまで不可視のエネルギーでしかなかった魔力が実態を得て目に見える形でダヴーの頭上に現れた。それは大仏の頭ほどの大きさで熱せられたマグマを凝縮した様にも見えた。


『14の叡智の杖、数多の障りを乗り越え、栄光の頂きに到らん』


 一斉に呪文を詠唱する。


 マグマの様な球体は人間の拳よりもさらに小さくなるまで圧縮され今は太陽のようにまぶしい光を放っていた。


 ダヴーは印を結んでいた手を解き振り下ろす。


『ルーボフルゴ!』


 その瞬間に球体から極彩色の光の束がインビジブルジャイアントに放たれる。目が眩むような光が無音で爆発した。目を開いてみるとそこには赤く燃え上がった地面の上でのたうち回るインビジブルジャイアントの姿があった。全身の皮膚はただれており右腕は消失していた。だが……生きている。


ガウギャッギャギャ……ガギューッ!!


 ジタバタと無様を晒しているインビジブルジャイアントをダヴーは苦々しく見ている。モンスターは魔力回路がバグで暴走した個体で魔力量が元種族の限界を突破していることが多く、それに伴い高い魔法耐性を身に着けている場合が多かった。この個体もそうなのだろう、仕留められなかったのは残念であるがダメージは与えた。あとは予定通りにトドロキへ託すだけだった。


 討伐隊全体からわっと歓声が上がり士気は最高潮に達しようかという中でダヴーはトドロキへ視線をやる。トドロキはゆっくりと目を開き刀を抜いて蜻蛉の構えを取る。目の前の状況が見えているのか分からないくらいにゆったりとしており一切の動揺や高揚も感じられない。それほどまでに凄まじい集中力を見せており、そのトドロキから真言が放たれた。


「精神一到、何事か成らざらん」


--鬼化おにか


 一瞬で雰囲気がガラリと変わった。先程まで静かな集中力を見せていたトドロキだが今や憤怒の形相で目は血走り血管這う浮き上がらせてあらゆる毛穴から蒸気を噴出さんばかりだ。


 万象理合流には真言を唱える事で強い自己暗示を掛け一時的に魔力回路を暴走させて強力な魔力を得る奥義があった。魔力回路の暴走はモンスター化の一歩手前である為に禁忌に近い最終奥義である。だが、トドロキは今回のモンスターを倒すためにはそこまでする必要を感じていた。その鬼化からの身体強化を使っているのだろう、すでにトドロキの体からは蒸気が噴き出していて体が一回り以上大きくなったようにダヴーには感じられた。


 さっきまで騒がしく歓声を上げていた者達もトドロキから発する圧力に息が詰まり静まり返った。その場にいる誰もがトドロキに目を向けた瞬間--トドロキの姿は消えていた。


ド ゴ ン ッ ッ 

 パ ァ ァ ァ ア ン


 一瞬遅れて大地を蹴る凄まじい音と空気が破裂するような轟音が聞こえた。そこにはトドロキが踏み込んだ足場が大きく窪んでおり凄まじい加速を得てすっ飛んでいった様子が見て取れた。状況を理解できないダヴーを含めた多くの人間がきょとんと呆けた表情を浮かべる中でタイカだけはトドロキの動きを追えていた。


(やった!完全に決まったッ!)


 小さくガッツポーズをとるタイカ。トドロキの姿はタイカの視線の先、インビジブルジャイアントの数十メートル先にあった。既にインビジブルジャイアントの上半身は袈裟に斬られて真っ二つに分かれており、斬られた傷跡は音速を超えた斬撃から生み出された衝撃波でズタズタに引き裂かれていて頭部も半分は消し飛んでいた。誰の目にも致命傷は明らかだった。


--一撃いちげき


 竜王流にあるただ一つの奥義だ。竜王流は格上のモンスターを想定した流派であり一振りに己のすべてをかけている。型や斬撃は何でもよく突きでもいい、自身が最も得意とする一振りに身体強化の全てを注ぎ込んで放つ奥義はかつて戦略級モンスターすらも一撃いちげきで倒したという。


 鬼化おにか一撃いちげき、異なる流派のそれぞれの奥義を同時に放ったトドロキは膝をつく。


「ぐぅううっ……!やはり体にこたえるの……」


 だがやり切ったという実感からかその表情に苦しさは見えなかった。後ろを振り返れば再び歓声を上げた冒険者達や領軍兵士がガッツポーズをとったり中には赤いローブを脱ぎ捨ててそれぞれが喜びを表していた。


「ヒューっ!やるなあ!トドロキ様ってあんなに強かったのかよ!」


 失礼なことを言っているブンギにシオンはたしなめるもその表情に怒気は感じられない。これで難民も浅葱村に帰って元の生活に戻れる、そう思うと口も軽くなる。


「こらっ!失礼な言いぐさするんじゃないよ!青川とは違うんだからさっ!」


 そういってブンギを小突くとその視線の先にいるタイカが目に入る。タイカは何故か困惑の表情を浮かべていた。


「タイカ……?どうしたんだい?」


 シオンの突然の言動にブンギもタイカを見て不思議そうな顔をする。


「なんだ?ひょっとしてモンスターが倒されたとこ見えてないのか?もう倒したから大丈夫だぞっ!」


 そういってタイカの背中をバシバシ叩くもやはりタイカは困惑顔が抜けずに一点を注視している。ブンギとシオンは顔を見合わせてタイカが見ている方を確認するもやはり討伐済みのモンスターがいるだけだ。トドロキも辛そうではあるが問題はなさそうに見える。


『……なあクンマー。モンスターになると急所の位置も変わったりするのか?全然魔力が減ってないように見えるんだけど、どうなってるんだ?』


『魔力を生み出すのは魂の機能だからなー。体は死にかけてても魂が無事なら消えないよー』


『そっか……。ならこの状態は普通なんだな』


 実は本体は別にあってそちらにダメージは通っていなかったのかと深読みしていたタイカだ。これなら直ぐに魔力も消えるだろうとほっと胸をなで下ろす。


『んっんー?、いやー異常かな』


『えっ!?異常なの?』


『普通ならこんなに元気な色はしてないよー』


『色……?色か、俺にはそこまではわからないな……』


 元気な色というのが何を現しているのかはタイカには分からない。そこまで魔力を知覚出来た事は無いので妖精ならではの感覚なのかもしれない。だが、まだ決着は付いていないのではないかという疑念が再燃してくる。


「おい!大丈夫かっ!」


 そこで自分を呼ぶ声に気付いて我に返ったタイカは逡巡する。これを伝えていいものか、どうやって知ったのかを説明できないので説得力が無い。あるいはそんな物がなくても信じてもらえるような実績があったならば別であろうがタイカにはどちらも欠けていた。歯噛みしながらも異変があれば声を上げられるようにインビジブルジャイアントの死体を注視しているしかなかった。


 その中でもう一人現状を把握出来ている人物がいた。イコマはインビジブルジャイアントの調査をするためにずっと魔力測定器を向けていた。だから今、その魔力測定値がまったく減っていない事を知っていた。でもその値が信じられないのか何度も魔力測定器とインビジブルジャイアントの死体の間に視線を往復していた。やはり異常であろうと判断したイコマはダヴーに声を上げる。


「ダヴーさん!ヤツの魔力値が消えません!注意してて下さいッ!」


 ダヴーは振り返って眉をひそめる。直ぐにインビジブルジャイアントに視線を移して観察する。あれではどうやっても生きてはいないだろうという惨状だけが目に映る。しかし国防局員であるイコマは冗談でそんな事を言わないだろうと注意を向ける。


ギョロッ


 インビジブルジャイアントの半分しかない顔の片方の目玉が動く。最初に声を上げたのは誰だったであろうか。いくつかの声がほぼ同時に同じようなセリフを叫ぶ。


「「「まだだッ!まだ終わっていないッ!!」」」


 そんな叫び声にいち早く反応したのはトドロキ。そして討伐隊の後方まで駆け抜けてから戻ってきていたハバラキとマサル、またタイカの傍にいたブンギとシオン。トドロキ以外はそれぞれ赤いローブをフードまで被って警戒をする。そんな様子に気付いた何人かは同様に警戒するが全体からすれば微々たる人数だったろう。


フシュルシュゥッフウ


 欠けた頭部から漏れ出る叫び声が先頭付近にいた幾人かの耳に届く。だが勝利を確信している彼らには認識されない。


グチュッボコォッボコッ--


 損傷した肉体が増殖して再生していく。魔力回路がさらに暴走していく。モンスター化した時に種族の壁を越えて肉体を変質させていくのと同じように今またインビジブルジャイアントの肉体を増殖させ再生させていく。


「いかんッ!離れろッッ」


 トドロキの叫びに反応出来たのは元から警戒していた者達を含めて幾人いただろうか。急速に肉体を復元していくインビジブルジャイアントはかつての姿よりも更に一回り大きく醜く歪んだ姿で復活を遂げていた。


ヴォォオオンッッ!


 インビジブルジャイアントは目の前にいる討伐隊に目を向けて両腕の羽を広げる。そこからの攻撃を予測できた者達が一斉に左右へ飛び散っていく。そして--羽が振り下ろされた。


ズビュビュビュッ


 矢の様な羽根が一斉に飛び散り正面にいた冒険者や領軍兵士に襲い掛かる。対応できたのは五割にも満たない人数だった。多くの者はなすすべなく屠られていく。取り分け被害が多かったのは丁度モンスターの正面に位置していた冒険者達だった。当然油断もあったであろうがやはり位置取りがもっとも状況を悪くした要因だったであろう。あっという間に悲鳴が各所からあがった。


「ああ”あ”あああっ」

「ぎゃあああッ!腕がぁああ」

「ア、アニキーッ!返事してくださいよおお」


 トドロキの正面に阿鼻叫喚が広がる。立ち上がろうとするも未だに脚は痙攣しており上手く動かせない。


「ぐううッぬぅ……」


 如何に気力があろうとも鬼化おにか一撃いちげきの負担は大きく易々と戦線復帰は叶わない。だが、立ち上がれたとしてどうにか出来るであろうか?復活前ですら集団魔法にトドロキからの一撃いちげきと現状用意できる最大火力の魔法攻撃と物理攻撃を加えていたのだ。それ以上の攻撃は無い上にすでに打つこともかなわない。--撤退の二文字が頭に浮かぶ。もうそれしかない事は分かり切っていた。


 ダヴーも同時刻に撤退が選択肢に入ってくる。だが、どうすればコイツから被害を抑えて撤退出来るかがまるで浮かんでこない。整然と隊列を組んで引けば蹂躙されるだろう。ならば散り散りになって逃げるか……?無謀であるようだが最も生存率が高いようにも思えた。その時点で既にとれる策などない事がダヴーには分かってしまった。


「おい、マサルッ!やべえぞ!お前はトドロキ様を連れて逃げろッ!こっちはダヴー支部長を連れてくッ」


「チッ……!仕方ねえ、行くぞっ!」


 二人に遅れてハバラキとマサルも状況を把握出来てくるとすぐさま行動に移った。ケレンケンを最速で走らせる。

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