038 インビジブルジャイアント討伐戦4

 インビジブルジャイアントの巨体が遠くに見える岩山の山頂から飛び出すのが見えた。まだ随分と距離が空いているはずだ。その証拠に巨体の下には何かがが疾走している姿が見えているものの小さすぎて何なのかも判別出来ない。そんな中で遠近感が狂ったかのようにモンスターの巨体だけがハッキリと浮き上がっていた。


 そして時間が経つにつれてその巨体のサイズが正しく理解できる様になってくると各所がざわついてくる。話に聞いてはいたが実際に目の当たりにする事でその巨体とそれがもたらすであろう脅威を的確に想像出来てしまった。その恐怖は徐如に討伐隊全体へ波及し始めていく。


 そんな空気を感じ取った領軍の部隊長とおぼしき男がダヴーに近づいてくる。


「まずいですよ。冒険者のほうが騒がしくなってます。最悪離脱者がでるかも」


 冒険者が数人いなくなっても戦力的に問題はない。だが離脱者が出てくること自体が問題だった。釣られるように離脱者が増えていけば最悪そこから総崩れになる事もあり得た。


「あれだけのモンスターは滅多に表れない。みな初めてで不安なのだ」


 冒険者協会の支部長であるダヴーは溜息を吐きつつ冒険者達を庇う姿勢を見せる。だがこのまま黙って見ていれば部隊長の言うような離脱者が出てしまうリスクがあった。


「少し早いが準備に取り掛かるか」


 まだ十分な距離はあるものの先手を打つ事にしたダヴーはめずらしく大声で命令を出す。


「戦闘用意っ!領軍は私を中心にした集団魔法を展開!国防局員は各々の得意な魔法を!」


 集団魔法とは集団の中の特定の一人に魔力を集中させ単体では行使できない規模の大魔法を実行するための手段であった。一人に全てを委ねて魔力を同期する必要があり、失敗すれば魔力が暴発して周囲に深刻な被害をもたらす事もあるため幾度も訓練を重ねて高い信頼で結ばれていなければ実現不可能だった。だがダヴーは冒険者協会に所属しながらも豊富な魔法の知識と軍務経験を買われて領軍との集団魔法の訓練をしてきた実績があった。その為領軍だけで構成した部隊にダヴーが加わって集団魔法の実戦投入となった次第である。


 適切な距離を保った陣形からダヴーに対して魔力を送信するためのパスが形成されていく。目に見えない不可視のエネルギーが膨れ上がっていき少しずつ流れを作りだしてダヴーの周囲を渦巻くように集まり始める。タイカは自分の持ち場からその光景を見ていた。


『まるで上空から落ちてくる竜巻だな。あんな方法でも魔法が使えるのか』


 唯一魔力を視認する事の出来るタイカはその光景に圧倒されていた。今まで見たどんな現象よりもエネルギーに満ち溢れていた。あれに比べればタイカの残り1枚となった符術の火波がかわいく見えるほどである。だが、それほどのエネルギーを御し得るのだろうかという漠然とした疑問も湧いてくる。


『失敗したらここまで吹っ飛ぶくらいに凄いんだー。もっと離れてた方がいいんだよ』


 そんなタイカの疑問を察したのかクンマーから不安の表情を浮かばせている。


『はははっ!どの道あれが失敗したらモンスターにやられて終わりだよ!それにもっと近くに領主様だっているんだ。成功に自信がなければ別の陣形をとっているだろ』


 だがそんなクンマーの不安をかなり割り切った考えで払拭する。べつにタイカは安易な考えで楽天的な事を言っている訳ではない。タイカは家を追われて迷宮都市ラビリンスに流れ着いたが別に迷宮都市ラビリンスと運命を共にする必要はなく、危なければ逃げ出して別の場所で生活基盤を求めることも出来ただろう。だが、今回はそれを良しとはしなかった。一度目の人生では人との縁なんて持っていなかったが今生では多少なりとも縁と呼べるような関係をを結んでいた。それを自身の身が危険だからと縁を切り捨てて逃げだしてしまっては転生前となんら変わらなくなってしまう。それでは二度目の人生をやり直す意味などなかった。既に覚悟を決めていた。


 集団魔法を行使していくダヴー達の周囲は魔力濃度が上がっていくにつれて気温すらも上昇を見せ始めており国防局員達は近づくのも困難な様相であった。そのため距離を取っていた国防局員達の中でイコマは素直に感心する。ダヴーから検出されている魔力量の数値が既に特級を示していたからだ。対してインビジブルジャイアントからは上級上位の魔力が示されており、これならば集団魔法だけでも討伐可能なのではないかと思わせた。


 たとえ魔力が視認する事が出来なくとも領軍から放たれている肌がヒリつくような異様な緊張感を敏感に感じ取り始めた冒険者達はたった今までインビジブルジャイアントに釘付けになっていた意識を領軍のほうへ向けていく。冒険者達のざわつきは先程までと異なる色を帯び始めていた。


「……なんだ!?」


「ダヴー支部長の方で何かやってるのか!」


「そ、そうだよ!作戦説明でも言ってたじゃないか!あるんだよあの化け物を倒す手段がッ!」


「いけるぞ!やってやろうぜ!」


 その場にいる誰もが理解出来る不可視のプレッシャーの出所が味方である事を理解した冒険者達は喜色を表す。それは言い換えれば他人任せであると言っているのと変わりなかった。ある意味では傍観者であると言ってもいい。何かあった時の予備兵力という認識が根底にあるために戦況が劣勢に見えれば気勢は衰え、逆に優勢だと思えば勝ち馬に乗るべくやる気をたぎらせる。


 単純だが扱いづらくもあるそんな冒険者達をダヴーは巧みに制御していた。少しでも勝算を上げるために打てる手は全て打っていく。自分に注がれ続ける大量の魔力を練り上げつつも戦場全体の状況を把握しているのは半生を戦場で過ごしていたからであろう。


 だがそれもここまで。もう直ぐというところまでインビジブルジャイアントが迫ってきている。目の前を疾走するハバラキとマサルは既に赤いローブをフードまで被って身を隠して討伐隊の左右から駆け抜けようとしていた。ここからはダヴー達の出番であった。


ギャァガガァアアアッーーーッ!!!


 インビジブルジャイアントから発する叫び声と羽ばたきが大気を震わせた。既に理性などなく目の前から消えては現れる理不尽な敵を殺すことしか頭にない憤怒の形相をトドロキに向ける。トドロキは目を瞑って直立不動の姿勢を崩していない。だが理性はなくとも本能からなのかトドロキの正面50メートルほどの距離に着地して大きな溜めを作って屈みこむ。そしてもう逃がさないとばかりに一際大きな叫び声を上げながらトドロキへ飛びかかっていく。


 冒険者達は一度は落ち着きを取り戻したもののその叫び声に再度恐怖していく中でタイカは冷静だった。既に一度対戦しているからかもしれない。あるいはあれ以上の外なる神々化け物を知っているからかもしれない。


 だからだろう、タイカだけはじっとインビジブルジャイアントを見ていた。

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