037 インビジブルジャイアント討伐戦3
ハバラキと3番こと黄海ヰ《きうい》マサルは岩山の麓辺りで合流して直に相談をしている。これから行われる作戦の最終確認だ。お互いにケレンケンに騎乗して赤いローブを着用している。またケレンケンにも赤い馬衣が駆けられておりインビジブルジャイアント対策は万全だ。
「いよう。ハバラキだ。そっちが3番であっているな?」
「ああ、マサルだ。もう人数もいねえから番号より名前の方がいいだろう」
特に人数が減ったことに対して何も思っていないのか平然という。あるいはある程度捨て駒が出てくる前提であったからこその番号呼びであったのかもしれない。誰しも感情のこもった人間を見殺しにするのはストレスであろう、だが番号であるならばそんな人間味を排除して対応できてしまう。そんな死地に送り出す本部側の思惑が多分に入った結果であった。
「ふーん。俺はどっちでも構わねえよ」
「確認だ。今から一時間後に俺がローブを抜いで山頂へ駆けてインビジブルジャイアントを叩き起こす。そしたら赤ローブで身を隠しながら下山して逃げる。そんでこの辺りまで誘導するからその後はハバラキが引き付ける。いいな?」
「山頂からの下山ルートは?」
「ああ、前日に確認済みだ」
山頂から指で下山ルートを指し示していく。降り易さよりも障害物でインビジブルジャイアントの進行を妨げるルートを中心に組み立てられていた。先日の偵察本隊メンバーを殺されたのが比較的広く緩い下り坂が多かったために選んだルートだ。
「その後は互いに距離を取って交互にローブで身を隠したり晒したりしてヤツの注意を分散させつつ荒野にいる討伐隊の元へ駆け抜ける。それだけだ」
二人はそれぞれ偵察本隊メンバーの死に様や死体の状況を直接確認いしている。そこからインビジブルジャイアントの飛翔能力をしっかりと把握しており、それでも余裕の態度を崩すことはない。
マサルは静かにうなずく。作戦はシンプルだった。二人でモンスターをキャッチボールするようにして逃げるだけだ。言葉でいうと簡単だが実際にはそう簡単にはいかない。赤ローブで身を隠しても体全体を漏らさず隠せるわけではない。また、身を隠しても闇雲に攻撃してくる可能性があった。そんな中で互いに高速で飛翔するモンスターを牽制しながら逃げるのだ。少しのミスであっというまに命を失うだろう。
おそらく赤森領でもそうとう上位に位置する実力者の二人だ。恐怖などおくびにも出さずに淡々と確認していく。
仮に相方がミスをしても自分だけは生還する自信をそれぞれが持っていた。討伐隊の位置取りが最悪下山さえしてしまえば後はどうにでも誘導可能である事を把握していたからだ。その手段も持っている。だがその事を互いに口に出すことはない。相方がミスを犯したら躊躇なく見捨てて利用してやろうと考えているからだ。
「ああ、簡単な仕事だ」
「そうだ。実に簡単な任務だ」
二人は不適に嗤った。それからしばらくして討伐隊のダヴーから連絡が入りマサルは山頂へ向かって動き始めた。
マサルは山頂に向けてケレンケンを走らせている。赤いローブは着用しているがフードは下ろし、腰には熊除けの鈴を付けてチャリンチャリンと音を鳴らしながら移動をしていた。あえて発見してもらう為だ。それが功を奏したのか中腹を超えた辺りで山頂に異変が生じた。
ドォォオオオン
大きな音を立てて山頂から飛翔体が真上に飛び出してくる。そこからしばらく空中で静止して眼下を眺める。そうして異音を鳴らす
「はっ馬鹿めッ!こんな楽な事はないぜッ!」
そして一目散に下山を開始するマサルの背中目掛けて大きく羽ばたき突撃してきた。
予定通りのルートでケレンケンを疾走させていくマサルの周囲はものすごい速さで崖や路上の大岩が過ぎ去っていく。一歩間違えれば大事故になりかねないほどの速度である。ケレンケンに騎乗するマサルの瞳は瞬きもせずに進路の先を見据えており手綱をもつ手と鐙にかける足だけが高速に動いて繊細な操縦をこなしていた。足場の不安定な岩山の降りでケレンケンの全速力を引き出している、そんなマサルの並外れた実力が垣間見えた。
また、ケレンケンも並みではなかった。マサルからの騎乗に瞬間的に反応して駆けていくケレンケンの姿こそ軍馬の真骨頂でもある。軍馬と通常の馬の違いは騎乗者が身体強化を駆使して極限の状況でも操縦可能なように訓練されている事にある。そうでなければいかにマサルの騎乗が的確であっても御せずに岩山をかけ降ることなど不可能な事だった。
ことケレンケンの騎乗では偵察本隊の元メンバーの中でマサルがもっとも優れており、これまでの誰よりも早く的確な山降りをみせるマサルだったがそれでも徐々にだがインビジブルジャイアントとの距離は詰まっていた。
(もう少し距離が詰まらないと岩山の隙間はつかえねえな。もうちょいど真ん中走らすか?)
そう思って肩越しに確認すると翼を大きく振りかぶっている姿が目に入る。そこに危険な臭いを察知したマサルは急遽岩山の陰に滑り込む。
パシュパシュッ
直後に先程までマサルのいた位置にインビジブルジャイアントの羽根が矢の様に飛んで突き刺さっていった。
「あっぶね!そんな手もあったのかよッ!」
喰らっていれば致命傷は避けられなかっただろうその攻撃に肝を冷やしつつマサルは腰に付けていた鈴を引き千切り進行方向とは逆に放り投げた。後ろから鈴が転がる音が聞こえた。直後--
ズガッッッン
後方でインビジブルジャイアントは鈴めがけて突っ込みそのまま岩山に激突していた。相変わらず知能の低そうな動きに気を良くしたマサルは山の麓めがけて速度を上げていく。
のっそりと起き上がり忌々し気に唸るインビジブルジャイアントは再度ジャンプして上空に上がり目標を探す。その頃には随分と距離を稼いていたマサルには余裕の表情が伺えた。そんな様子を麓で待機していたハバラキは楽しそうに眺めていた。
(アイツ多分貴族だな。あれだけの騎乗技術の練度は貴族でなければ練習する機会も得られねえ。その割には貴族っぽさは感じなかったんだよなあ。……まあいい今は目の前の仕事だ)
そんな調子で山の麓まであと1キロ程といった距離までマサルが詰めてきたのを確認してハバラキも赤いフードをはずして閃光の魔法を準備する。その間にもマサルとインビジブルジャイアントの距離は詰まっていきもう10メートルと離れていない。山の麓まであと500メートルまで近づいていた。
(この距離なら指2本かな)
右手の人差し指と中指の伸ばしてインビジブルジャイアントに向ける。丁度指で拳銃を模したような恰好だ。そのままハバラキは閃光を唱える。
魔法を使用するのに呪文や印などは必要ない。だが呪文や印を結ぶ人もいる。中には呪文を唱えると発動が遅くなると嫌う人もいれば、あんなのは補助輪と一緒だと馬鹿にする否定派も多い。だがハバラキはそれを強化ツールと捉えて訓練を重ねた。一般的に一つの魔法は練度が上がれば上がるほどその効果は一定に収束していく。だがそれでは幅広い状況に対応するために魔法の効果を調整する事が逆に困難になってしまう。ハバラキはそれを嫌い印を結ぶことで魔法効果を無意識的に調整するように自己暗示をかける事で即座に使い分ける事に成功していた。そしてハバラキの閃光は光の収束度合と射程距離を指の本数で調整されている。
カッ
一瞬の光がインビジブルジャイアントの顔面を照らした。
ギャウッ
閃光の光をまともに浴びて目が眩んだインビジブルジャイアントが短い悲鳴をあげる。それ確認したハバラキはそのままケレンケンを走らせた。
インビジブルジャイアントはその一瞬で獲物を見失ってしまい怒りを露にするがキョロキョロと見渡すとはるか前方に対象を発見した。なぜ一瞬でそこまで距離を開けられたのか、それを疑問に思う前に追跡を開始する。
ハバラキは後方を確認してほくそ笑む。猛然と自分に襲い掛かってくるインビジブルジャイアントとその横を赤いローブで全身を覆ったマサルが斜めに疾走していく姿が確認出来たからだ。そのままマサルはハバラキと横に一定の距離を保ったまま並走するように付いて来る。
(予想通りだな。マサルを見失ったら最初に目に付いた俺に襲い掛かってきやがった。あとはコイツの習性を利用してやりゃいい)
ハバラキの騎乗技術はマサルに及ばない。貴族でもない一介の冒険者であるハバラキでは軍馬に乗ること自体が稀であったからだ。だが、山の麓からは荒野で道は荒れているものの平坦になっているので細かい操縦は必要なかった。だからだろうマサルから見ても堂々とした騎乗っぷりであった。
(これならコイツを見捨てなくても誘導可能か?)
下手な騎乗を見せられていたら赤いローブを外さずに見捨ててハバラキが襲われている間に距離を取ってしまおうと考えていたマサルである。しかし一定以上の騎乗技術があるならば閃光の魔法を使いこなしているハバラキがいた方がより確実であろうと考えを改めた。
ハバラキは非常に上手さを感じさせる戦闘を見せている。ハバラキとインビジブルジャイアント、さらにマサルとの距離を適切に管理することに心血を注いでおり攻撃を受けないギリギリのタイミングで的確に閃光を放つ。その隙にローブの着脱を繰り返してインビジブルジャイアントを自分とマサルの間で翻弄していった。そんな事を十回ほど繰り返していると前方に討伐隊がうっすらと見えてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます