036 インビジブルジャイアント討伐戦2

「ああ、ちょっと君!僕は国防局に努めているイコマというんだが手伝ってくれないかい?」


「なんでしょうか?」


 キャンプ地までの行軍で疲労している意外には暇を持て余していたので手伝うのは問題なかった。また今回の討伐戦に持ってきている魔道具にも興味があったタイカは物珍しそうに魔道具を見ながら近づいていく。


「魔道具の調整をしていてね。ちょっと動作を確認したいんだ。直ぐに終わるから魔道具の前に立ってもらえないかな?」


「なんの魔道具なんですか?あ、僕はタイカです」


「モンスターの強さを確認するための装置かな。今回は広域警報装置にも引っかからなかった割にサイズも被害も飛び抜けていてね。詳細な調査を命じられているんだよ」


 そう言いながらイコマは魔道具を操作している。


「……あーというと、これって魔力を計測する魔道具なんですかね……?」


 凡その機能を把握したので確認する。予想通りであるなら魔力のないタイカでは手伝えなかった。タイカを計測しても魔力を検出する事は出来ないので正常に動作しているかの確認にはならないだろう。


「うん。平民がちゃんとした魔力検査を受けようとしたら結構な料金を請求されちゃうからね、無料で受けられるいい機会だよ!君も年齢的に丁度いいんじゃないかい?」


 たしかに平民ならばそうだろう。だが元貴族で既に魔力検査は受けていた。だがそれを伝えれば自分の出自なども言わなければならないだろう。月模性を名乗る事を禁止されているタイカには選べない選択肢だった。


「……そうですね」


 浮かない顔をしつつも魔道具の前でじっとしている。目の前の少年位の年齢ならば自分の可能性を無限に信じているものだ。かつての英雄譚に憧れ自分もそうなるんだと。そのもうそうを補強出来るかもしれない魔力検査に心躍らせない少年はいないと思っていたのでイコマは不思議に見ていた。--そして。


「うーん?こりゃ失敗したかな……」


 以前にも似たような光景を見たタイカだ。


「……いえ、俺は未だに身体強化も出来ないので、ひょっとしたら魔力がすごい少ないのかも……」


「えっ!?あー…そうなのかい?」


 身体強化をいくら練習しても出来ないならば魔力量が少ないか扱いが下手かのどちらかだ。とりあえずイコマは納得した。


「ええ……」


「そうか。それはすまなかったね。けどまあ平民は魔力量は低い人多いからね。魔力が少なくってもやっていけるさ!これが貴族だったら悲惨だからね……。もう十五年くらい前だったかな。日波領の月模家に足を運んだことがあってね。名前は忘れてしまったけど、そこのご子息は魔力が少なかったらしくてその後の扱いを心配してしまったよ……」


 顔が強張る。まさか誕生直後の自分と対面していたとは思わない。だがその表情も単に自身の魔力量の低さが証明されてしまったせいだとイコマは思った。


「……まぁ、魔力量が少ない事実を確認出来ただけでも助かりました。ありがとう御座います。では俺は魔道具のチェックに役立てなさそうなのでこれで」


 そういってタイカは足早に去っていった。作戦前に落ち込ませてしまったかなとイコマは頭を掻きながら見送っていた。だがこのままでは魔道具の動作確認が進まないと直ぐに他の人を探しはじめた。


『ふー危なかった。魔力量が少ないどころか全く無いのがバレないかひやひやしたよ』


『あれー?あんまり落ち込んでなかったのかあ』


『ああ、もうずっと前から知ってたから今更だね。それにイコマさんも言っていただろう?貴族ならもっと悲惨だったって事はもう窮地は脱しているのさ。それもこれも俺の今までのがんばりのおかげだな!』


 特に気にした様子もなくあっけらかんと言い放った。なんなら落ち込んだ振りをしておけば気まずくて追及もしてこないだろうとも考えていた。一番気を付けるべきは魔力回路がない事がバレる事で他はもう割り切っているタイカだ。


『そっかー。まあ魔力ない代わりに僕がいるからね!』


『はいはい。ありがとよ』


 そう言われたのがやはり嬉しかったのかクンマーはクルクル回りながら飛び回っていた。だが不意にこれから闘おうとしているあのモンスターを思い出す。はたしてここにいる人間達で倒せるだろうか。もしもの事体に巻き込まれてもタイカが生き残れるように助言する。


『……ねえタイカ。もしも危険を感じたら力を使うことを躊躇ったら駄目だよ』


『んん?何の事だ?』


 突然の話題に何の事を言っているのかまったく検討が付かなかった。いや何となくの心当たりはあったがそれをクンマーが知っているとは思わない。なにしろ自分自身でも神の加護ギフトが何なのか把握していないし、そろそろその存在自体に疑問を感じているからだ。


『タイカの魂にはおっきな力が眠ってるよ。大きすぎて全体像が分からないくらいだよ。それを使えばどんな敵だって倒せるんだ。いざとなったら躊躇ったらダメだよ……』


『……!』


 そこまで分かっていたのかと目を丸くして驚く。クンマーにもどんな神の加護ギフトかは分かっていない様子だがこれまでの十五年間でタイカは手がかり一つ持っていないありさまだ。ヒントくらいにはなるかもしれない、そう思って自分の事情を少し語り始めた。


『……お前にはなんの力が眠ってるか分かるのか?俺は自分でもそれが何なのか分かってないんだ。ただ転生前の記憶を持ってる。けど転生前に神の加護ギフトを授かっているって事までしか知らない。その力の正体も使い方もさっぱりだよ』


 クンマーには転生が何であるのかは分からなかった。妖精には人間の死生観なんて分からないからだ。だが、力の存在を認識していて使い方が分からないならば予想はつく。


『えええー?そうなの?!んーそうかーなら使えないのかなー。魔力がないから使えないし使い方も分かってないのかも……?』


 余りの言葉に唖然としてしまう。それではそもそも神の加護ギフトを使う事なんて出来ないタイカだ。間違いであってほしい、あるいは別の手段で使えてほしいが現状ではどうしようもない。今後の課題として記憶に留めて置くしかなかった。


『……だったら外なる神々もとんだお茶目もあったもんだな。自信満々に素晴らしいものを与えようってイキり散らしてたぞ……』


『外なる神々……?』


『本人はそう自称してたけど俺にはそれがどんな存在なのかは知らないよ』


『うーーん。場所が変われば呼び名なんていくらでも変わるからなー。でも言葉の感じからだとあり得るのかなー。んー……やっぱわかんねっ!』


 そこですっぱりと諦めたのかケラケラ笑って飛び回りはじめたクンマーを何なんだと胡乱な目で追うタイカだった。


 その後はキャンプ地で夕食を取った後は皆翌日に備えて早めの就寝となった。テントは赤色に染めていなかったので既にかたずけられおり、赤いローブで身を包みながら地面に雑魚寝である。そんなのでも寝ればやはり体力は回復するのか前日の疲労も抜けてタイカの目覚めはよかった。朝食をとってからの作戦場所への移動も足取りは軽快だ。


(昨日もこの位のペースで移動してくれればよかったのに……)


 移動速度に対して誰に文句をいえる訳でもないタイカは心中で呟きつつ作戦地点に到着して見渡す。既にトドロキは到着しており目をつぶって瞑想そしていた。冒険者達はそんなトドロキの左後方に100メートルほど離れた位置に横陣を組み、サポート要員はトドロキに右前方で同様に100メートルほど離れて方陣を組んでいる。事前に説明された通りの配置になるよう協会職員が指示を出していく。


「おーい。アタシ達はあっちだってさ」


 シオンが駆け足でタイカ達の元に来て指をさす。どうやら予備兵力の中でも後方に配置されるようだった。


「おう!ところでお前等は遠距離魔法とか使えるか?」


「アタシはあるよ。でも距離はそんなに長くないよ。10メートル程度ね」


 10メートルならばインビジブルジャイアントが手を伸ばせば届くような距離なので飛距離に不安を覚えているのか表情は優れない。


「……俺は使えません。一応とっておきはあるんですけど範囲が広くて人が多い場所では……」


「俺も使えねえんだよなー。短剣じゃあどこまでダメージ与えられるやら……」


 そう言って鞘から抜き出したブンギの短剣はおよそ刃渡り40センチ位だろうか、厚重ねで頑丈そうであるがあの巨体にダメージを与えるイメージは湧いてこない。


「まあ剣を交える必要はないですよ。いざとなったらアイツの意識をこっちに向けて逃げ回ってたっていいんです。その間に主功が立て直してくれますよ」


「そうだな……」


 たしかにその通りだとシオンも頷く。倒すのはその手段をもっている部隊にまかせればいいのだ。大分やる事が明確になったおかげか二人の表情は和らいだ。


 そうこうしていると先ほどまで騒がしくしていた冒険者達だが陣形が整っていくにつれて徐々に口数が減っていき、否が応にも緊張が増していく。タイカはチラリとトドロキを見るとそんな周囲の様子など一切見えていないのか瞑想したまま静寂を保っていた。


 陣形が整うとダヴーから全軍に対して作戦開始の合図が下った。しばらくすれば岩山からインビジブルジャイアントが飛翔する姿が見えてくるはずだ。そうなればもう止まらない。あとは決戦が待つのみであった。そんな状況をみんなが正しく把握していたからかゴクリと息を飲む音がそこかしこから聞こえてくる。

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