035 インビジブルジャイアント討伐戦1

 赤森家の一室でモエハは正座しながらインビジブルジャイアントとの戦闘を反芻していた。自身の至らない所ばかりが目に付き思わずしかめっ面になってしまう。


 初めて目にするモンスターの威容に恐怖して碌に体が動かなかった。どうにか奮い立ってモンスターと対峙出来たのは同じ年の頃のタイカが果敢にも立ち向かう姿を見たおかげだ。自分ひとりだったなら体の芯から震えて動けなかっただろう。また、立ち向かったとはいえ飛翔してくるモンスターとすれ違いざまに一太刀いれるも碌にダメージを与えられずに吹き飛ばされて気絶する有様である。これまで世間では天才だなんだとおだてられてきたがなんとも無様な事だろうか。


 それに引き換えタイカは身体強化すらまともに扱えない様子であったにも関わらず、インビジブルジャイアントの弱点を発見して退け、気絶している自分を背負って逃げおおせる活躍ぶりだ。自身との差に悔しさを感じつつも……だが、嫉妬はなかった。むしろ尊敬の念を抱いていると言ってもいいだろう。それでも悔しさが真っ先に出てきてしまうのはそのタイカに守られるだけではなく、供に並んで戦いたかったという思いが強かったからなのかもしれない。


「もっと……強くならないといけませんね」


 そう固く決意をする。その為には何をやるべきなのか考えていたらトドロキがやってきた。部屋に入りモエハの正面に胡坐をかく。


「明朝出撃する事になった。上手くいけば明後日には報告が届くだろう。ワシが留守の間はお前が家を、街を守るのだぞ」


「……はい」


 蟄居も解除されていないのだから当然だがモエハは討伐隊に参加できない。参加したい意気込みはあるものの未熟な自身を再認識したばかりであったので素直に頷くしかなかった。そこでふとタイカはどうするのだろうと頭をよぎった。


「討伐隊の人員はどうなったのでしょうか?」


「主功は領軍や国防局の者達だが予備兵力として冒険者にも緊急依頼を出しておる。既にかなりの人数になっているから安心しなさい」


 あの少年ならばきっと参加をしている事だろう。領民の苦しむ姿を見て放っておけるわけがない。短い付き合いであったがそんな確信がモエハにはあった。……とはいえそこには過分に美化された思い込みが含まれているだろう。世間では随分としっかりしたお嬢さんだとおだてられてきたモエハであったが未だ十四の未熟な乙女なのだ。タイカ本人は迷宮都市ラビリンスに入るために受けた依頼であったし、なんなら他にも打算があっての任務参加であった。とはいえ曲がりなりにも貴族家で育ってきたタイカとしては領民が苦しんでいるならば手を差し伸べる位の良識を持ち合わせている。だからだろう、もしもタイカがモエハの持つタイカ像を聞いたらそっと目を逸らしつつそうだと肯定しただろう。


 無事に戻ってきてほしい、出来ればもう少しタイカと話をしてみたかったがモエハの立場ではおいそれと冒険者活動は出来ないだろう事を少し寂しく思っていた。


「お父様どうかご無事で。御武運をお祈りしております」


「ガハハハ!任せておけ!直ぐに片づけて戻ってくる」


 退室していくトドロキの背中にここにはいない少年を重ねて見送った。



 日も出ていない早朝から迷宮都市ラビリンスの城門には多くの人だかりが出来ていた。半分程は整然と隊列を組んで待っておりもう半分はまばらになってそれぞれ雑談に興じている。ただそこにいる者達は全員赤い簡素なローブを着用しており異様な光景である。


 タイカも協会職員からローブを受け取ってまばらな冒険者集団の方へ歩いていく。


『まるでおかしな宗教団体に入ったみたいだ……』


『馬車まで真っ赤だねー』


『そうだな……結構馬車があるけど荷物でいっぱいだな。俺達は走りっぽいな……』


 領軍が使用する鎧などは先に馬車で送り出すようで既に何台かは出発し始めていた。身体強化の出来ないタイカにとっては厳しい移動になりそうで顔色は暗い。


『なら僕寝てるねー』


 そう言ってクンマーは赤いローブのフードに入って居眠りを始めた。そこに腑に落ちないものを感じつつも知り合いを探すと直ぐにシオンとブンギが見つかったので手を振る。


「結構な人数になりましたね」


「そうだなあ。お前は直接インビジブルジャイアントと闘ったんだろ?勝てそうか?」


「どうでしょう……。自分は手も足も出ずに逃げたので……」


 とっておきの火波でも大したダメージは無さそうであった。あれに致命傷を与える攻撃がタイカには思いつかない。だが魔法や身体強化を駆使した剣技など未知のものも多いので判断に窮してしまう。あの異様なモンスターを思い出すだけで震えてくる。勝てるだろうか。何人が生きて帰れるだろうか。改めて今回の作戦の困難さにさらに顔色を暗くする。


「トドロキ様は剣の腕前も相当らしいよ。国防局からも腕利きが来てるって話だしアタシ達だっているんだ。そんな暗い顔しなくったって大丈夫だよ!」


「……そうですね!これだけの戦力がいるなら簡単に倒せちゃうかもしれないですね!」


 暗い顔をしていた理由の半分は移動が辛そうだと思っていただけだったがそんな事はおくびにも出さず、明るく振舞いインビジブルジャイアントの恐怖を払いのけて見せる、そう見えるように振舞った。きっとシオンやブンギも不安を抱えているだろうから。


「ははっ!違いねぇ!ちんたらやってるようなら俺達で倒しちまおうぜ!」


 ブンギも負けていられないとばかりに気炎を吐いた。そんなタイカ達の傍から雰囲気が伝播していき冒険者達を中心に盛り上がりを見せていく。そんな頃合いを見計らったかの様に出発の合図が下された。



「はぁはぁ……はぁ、やっと着いた……」


 中継地のキャンプに到着したタイカは呼吸を荒くして倒れ込んだ。出発直前にやる気をみなぎらせた冒険者達が足早に駆けていき、それを目の当たりにした領軍兵士達が負けてなるものかと併せて速度を上げていった。その結果タイカの限界を超えた速度での行軍となってしまった。既に脚は痙攣して立ち上がれず明日の作戦への影響すら懸念されるありさまだ。


「……本当に体力ねえな。いや身体強化が出来ないにしてはやる方か?」


 呆れ顔でフォローをいれつつも身体強化なしの強さを語る意味がない事も理解している為か心配の色が強い。これでインビジブルジャイアントと戦闘して逃げ切ったというのだから分からないものだ。


「ほら。水だよ飲みな」


 シオンは自分の水筒を開けてタイカに飲ませている。そんな姿をブンギはその手があったかと言わんばかり羨ましそうに眺めていた。


 そうこうしていると作戦の説明をするために冒険者協会支部長のダヴーが姿を現した。どうやら主功の要となっているトドロキは精神集中する為に表に出てこないらしい。だが、その事に冒険者はもちろんだが赤森の領軍からも異論は出ていない。


 ダヴーは冒険者協会に所属する前はレファン国の軍人で元帥であった。かつての四帝会戦ではピジャン国と同盟を組んで闘った英雄だ。当時のレファン国皇帝が率いる本軍がロートリーの国土奥深くまで侵攻した際に挟撃される憂き目にあった。その際にいち早く危機を察知して友軍となって縦横無尽に戦場を駆け巡り二倍以上のロートリー軍を撃破して勝利に大きく貢献を果たした。その為、冒険者だけでなく軍人からも尊敬の念を集めているダヴーだった。


 作戦の説明を始めたダヴーはどうやら無駄な事が嫌いらしくその説明は簡潔であり、なんなら最後の激励の言葉すらも簡潔であった。とはいえ長い演説を黙って聞いていられるような冒険者達ではないので概ね好感を持って受けれられた。あるいはダヴーのこれまでの実績に対する信頼感の表れなのかもしれない。


 説明が終わった後キャンプ内の各所では炊き出しの準備が始まり、冒険者達だけではなく領軍もくつろぎ始めていた。そんな中忙しそうに魔道具の調整をしている男がいる。その魔道具は30センチほどの正方形の筐体で今は中身が取り出されているが調整作業が終わったのか顔を上げて丁度目の前を歩いていたタイカが目に付いたのか声をかけた。


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