034 染料集め2

『疲れた……。身体強化がないとしんどすぎる……。あれだけ休まず掘っても他の冒険者より採掘量が少ないのか』


 採掘現場から帰還の指示が出た所でタイカは自分の成果の少なさに思わずクンマーにぼやいてしまう。


『しょーがないよ。魔力のないタイカには向かない作業だったんだ』


『向かない……か。無いものねだりしても仕方ないのは分かるけど……このままでいいとも思えないんだよな』


 実際に岩山へ偵察しに行った時にも移動でモエハに大きく後れを取っていたと感じていた。戦闘面だけなら<鳥瞰>ちょうかんを駆使して食らいついていけても純粋な体力勝負ではどうにもならない事に大きな不安を感じずにはいられなかった。


「まあまだ身体強化とか習ってないんだろ?協会でも講習やってるしその内にちゃんと動けるようになるさッ!」


「ブンギに励まされるなんて失態ですね……」


 おまけにブンギに励まされる羽目になったのだから猶更そう思わずにはいられないタイカだ。


「おっ?言うじゃねえか!その調子なら大丈夫だろ」


「若いとは思ってたけど冒険者目指して身体強化習ってなかったのか。アタシが基本だけでも教えようか?」


「いやいやッ!それ位なら俺が教えてやるさ!」


 シオンとタイカを二人きりにしたくないブンギは慌てて止めに入るもタイカは自分に魔力回路がない為どうやっても身体強化を使えない事を知っていた。自分の為に時間を割いてくれようとしている事にありがたい思いつつもが素直に受けるわけにはいかない。


「ありがたい申し出ですけど、俺は魔力が少ないんですよね。他人ひとと同じやり方じゃ駄目なのはもう分かっているので自分でいろいろ考えてみます」


「そうかい?なら行き詰ったら気軽に相談しなよ」


「はい。ありがとう御座います」


 三人は納品を済ませて冒険者協会へ帰ってくると受付の辺りに人が集まり騒然としていた。何事かと聞き耳を立てているとどうやらインビジブルジャイアントの弱点が正式に確認が取れたらしく準備していたマントの染色作業が終わり次第討伐隊が出発される事が決まったという。そして討伐隊の予備兵力の緊急依頼が出されていた。



 タイカ達が迷宮から戻ってくる少し前、冒険者協会の一室で会議が行われていた。その中には領主のトドロキや冒険者支部長のダヴーや国防局のイコマも参加している。


「それで例の冒険者が発見したという弱点は確認とれたのか?」


「はい。こちらの人員で確認しましたが確かなようです」


 トドロキからの質問にダヴーは淡々と答えた。確かに確認したのは冒険者協会に所属している人員だ。だがその手段として赤い布を被せた軍用犬と被せていない軍用犬をそれぞれ山頂へ向けて放ってインビジブルジャイアントの動きを監視していたにすぎない。動物に異常な愛護精神を発揮する団体が聞けば発狂しそうな手段をダヴーはとっていた。当人に言わせればなら人間を使うよりましだろうとの事だ。


「そうか。作戦は?」


「総力戦となります。御当主様にも危険を冒していただく必要が御座いますがよろしいですかな?」


 その言うダヴーからは特別な感情は伺えない。ダヴーはもともと四帝会戦で名を成した英雄だ。ピジャン国の同盟国として供にロートリー帝国を相手に将軍として大軍を率いて多大な功績を残すも終戦後には冒険者協会へと席を移している。元々は大多数の幸福の為に参加していた戦争だがそんな幻想はないと知った結果であった。そんなダヴーであるから一領主の生死など気にも留めずに戦力として最大限利用するつもりでいる。


「申してみよ」


「現在岩山にいる偵察メンバーがインビジブルジャイアントにワザと発見され誘導をしてもらいます。その先にトドロキ様を一人配置して左右には赤いローブで隠蔽した領軍と予備兵力として冒険者達をそれぞれ置きます。領軍に国防局の方達にも参加して頂き最大戦力の集団魔法で攻撃を加えます。その後にトドロキ様による最大戦力の攻撃を行っていただきます。予備兵力はそれで仕留めきれなかった場合の時間稼ぎを頼みます」


 ダヴーから戦術の説明がされるも最大戦力であるトドロキを攻撃の主軸にした単純な作戦んであった。しかも平然とトドロキを囮にする冷徹さに周りがざわめいた。


「貴様ッ!我らが領主を囮にするつもりかッ!」


 トドロキ配下の者が激昂してダヴーに詰め寄ろうとするもトドロキが静止する。


「いや、あの巨体を誇るモンスターだ。仕留めるのに十分な火力を出せるのはワシ位だろう」


 トドロキは眉にシワを寄せており苦渋の決断である事が伺える。真っ先に狙われる位置取りなのでもっとも危険だが、その分正面から最大火力を叩き込める絶好の位置でもあった。領主の身でありながらそのような危険を冒すのはそれが貴族の義務だからである。配下達もそこは理解しているのかしぶしぶと引き下がるも完全には納得できていない様子である。


「ご理解感謝いたします。領軍は私が直接指揮をとりトドロキ様とモンスターが接触する直前に奇襲を掛けますのでその隙をつくようお願いします」


 またダヴーはトドロキ一人を危地に置いて周囲を納得させられるとは思っていなかった。その為、自分自身も領軍の指揮で最前線に立つつもりでいる。


 並みの戦力ではインビジブルジャイアント相手に隙を作る事すら不可能だろうが集団魔法で火力を集中するならば可能性はあるだろう。とはいえその集団魔法を使用する領軍として参加する国防局、一際イコマはその成功率を想像して複雑な表情を浮かべていた。


「予備兵力は誰に任せる?」


「協会から職員を出します」


 元々独立心の強い冒険者達である。誰が指揮官になっても集団として機能するとは思えなかった。その為細かい指揮などは最初から実現不可能であると放棄している。そもそも予備兵力が必要になった時点で作戦はほぼ失敗したとみるべきだった。敵が人間の軍隊であれば練度にもよるがある程度はミスも許容されただろう。だが一体の強力なモンスター相手にそれは通用しない。モンスターに備わった全ての戦力が一つの意識のもとに襲い掛かってくるのだ。練度の低い軍隊などあっという間に蹴散らされるのは目に見えていた。それでも予備兵力を配置するのは少しでも可能性を上げるためのダヴーの苦肉の策だ。


「モンスターの誘導部隊はどうだ?討伐隊の前まで引き連れてくるだけでも大仕事だぞ」


「偵察部隊でも腕利きが一人現場に残っています。それにあのハバラキも岩山に来ているようなので戦力的にこれ以上は望めません」


 ダヴーとしても誘導時の難易度は認識していたが他に任せられる人員はいなかった。最高品質のケレンケンや赤いローブを送っているので後は任せるしかない。最悪釣りだしてもらえればモンスターの特性として目に映る生物、特に人間ならば躊躇なく襲いに来るのは分かり切っているので犠牲を考慮しなければ誘導は可能だと考えている。


「そうであろうな。では出撃は明朝、作戦の実行はその翌日とする!」


 みんな近年経験した事がない規模の作戦に不安を感じていた。その事を察したトドロキは払拭するために大きな声で宣言をしてニヤリと嗤った。同時に自分自身の手で決着をつけてやろうとも滾らせていた。

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