033 染料集め1
「よかった。無事に帰ってこれたんですね」
死にかけていたとは思えない程受付へ向かうタイカの足取りは軽かった。だが着ている服の胸部がザックリと斬れて開けており血のシミが大きく残されていた。やはり相当な怪我だったのだろうとブンギとシオンは心配そうな視線を向けた。
「……ん?ああ、この服なんですがね、石を堀に行くのに一張羅を出すのも気が引けたので見苦しいとは思ったんですがこのまま着てるんですよ」
「服買うなら安く買える店を紹介してやるさ。それより俺達は怪我の具合を心配してたんだよ」
ブンギが若干不貞腐れたように言うのはただの照れ隠しだろう。
「はは……。ご覧の通り傷はもう塞がってますよ。キャンプに医者が来ていて助かりました」
「ん?モエが治療薬を持ってて使ってくれたって聞いたぞ」
初めて知ったのかタイカは驚きの表情を浮かべた。
「そうだったんですか?」
「ええ、キャンプ地に着いた時には傷は塞がっていましたよ。ただ血を流しすぎていたみたいで危険な状態でしたけどね」
ソウチョウが補足したので間違いないのだろう。当然その事に関してお礼を言えていなかった。気絶する前の傷の状態はよく分かっていた。あれを塞ぐのならかなり良い治療薬だったのではないだろうか。それを使ってこれた事に感謝の念を抱きつつ、かなり高価な薬だっただろう事にも気付いてしまう。おそらくは彼女が隠していたとっておきだったのではないだろうか。
「今度会ったら礼いわないとな。弁償は……今はちょっと無理だけど……」
若干顔を引きつらせつつも符術の媒体が作れれば何とかなるだろうと問題を先送りにして切り替える。
「二人は食事とりましたか?」
「いやまだだ。一緒に食おうぜ」
「そうね。報酬貰ったら行くから先に席とっておいて頂戴」
それならとタイカは二人の手荷物を預かってから席を取りに戻っていった。その後は三人で食事を済ませた頃にはブンギとシオンの疲労がピークにきていたのでそのまま解散することになった。
「それじゃお休み」
「ねえ、明日は辰砂取りに行くのよね?一緒に行かない?」
「お!いいね、行こうぜ!」
ブンギとはまだ微妙な距離感を残してしまっていた為かタイカの方を見て誘うもその返事はブンギから元気よく帰ってくる。
「ブンギは護送任務で帝都から帰ってきたばかりでしょう?無理せずに休んだ方が良いんじゃないですか?」
もちろんブンギの下心を知っているタイカは呆れた表情で意地悪を言う。
「馬車運転してただけで疲れるかよ……」
そう言いながらも青川の息子を思い出したのか最後の方は辟易とした顔に変化していった。体は兎も角、かなりの心労が想像出来た。
だが、そんな会話からシオンはブンギが直前まで
◆
翌日に三人は冒険者協会の中に併設されている迷宮ギルドで集合した。迷宮ギルドは領主の赤森家と冒険者協会それに商人の三者で構成される
必要な手続きをしてさっそくヨグス迷宮の入り口に向かう。迷宮の入り口は都市のシンボルにもなっている最奥の巨大な岩壁にあるようで冒険者協会とは大きな道一本で繋がっていた。
このヨグス迷宮が
「迷宮前に石碑があるでしょ。欠けてて読めないところがあるけどその石碑に銀の鍵がはめ込まれてて取り出したら迷宮が出てきたらしいよ。本当かどうかは知らないけどね」
「ふーん……。ヨグ=……ス……かつて…………いまあり、…………人間が考える…………同時に…………?本当だ読めないね。この頭をとってヨグスの迷宮?」
「ははっ!単純だろ」
ブンギは笑い飛ばす。この街の冒険者にとって迷宮は生活の糧ではあるが成り立ちなんかに興味はなかった。そんなのはお偉い学者様に任せて置けばいい。今を生きる冒険者にはもっと別の重大事があるはずだ。
「んなことよりよー。モエとはどうなったんだ?何か進展はあったか?」
昨日タイカと会った時には疲労もあって頭から抜け落ちていたブンギだ。今朝も協会内で見かけなかったのでお調子者の振る舞いで訊ねているブンギをシオンは呆れた表情でみていたが特に注意などはしなかった。
「何もありませんよ。ブンギのように鼻の下伸ばして仕事してないんですよ」
「かーーっこれだから!ひょっとして嫌われたのか?だから協会にもきてないのかあ?」
心外だと言わんばかりにブンギに抗議するが恐らくブンギも同様の感想だろう。
モエハに嫌われるような事はしていないはずだ……きっと疲労が溜まって休んでいるんだろうとタイカは自分を納得させる。また赤森家を出た時からタイカとモエハを監視していた人もあれ以来気配はないし結局敵意を感じる事もなかった。ならば便りがない事こそ無事な証拠なのだろう。
実際の所は父トドロキから蟄居を言い渡されて部屋から出られない状況でありインビジブルジャイアントの件が解決するまで解除するつもりのないトドロキだ。もっとも蟄居が解除されても冒険者登録したモエという冒険者は今回限りの偽名だったので冒険者協会に依頼を受けに来る事はないだろうがタイカ達にそこまでの事情は分からなかった。
「違います普通に良好ですよ。一昨日別れてそれっきり姿が見えないのは知りませんけど。疲れてるんじゃないですか?」
「ほーらっもう着いたからおしゃべりは終わりだよ。辰砂の採掘場所は一層目にあるし緊急依頼が出てるから人も多いだろうから道中の心配は無いと思うけど気を抜くんじゃないよ」
「あいよー」
「はい」
既に迷宮ギルドが設置した出入り口は冒険者でごった返していてかなりの熱気だ。今の街は異常事体でほとんどの冒険者達は緊急依頼や討伐隊などに駆り出されているのだろう。入り口の方では受付嬢達が忙しく冒険者をさばいている様子が見えるが受付嬢毎に並んでいる列の長さが異なるのはご愛敬だろう。反対に出口の方はまだ朝の早い段階の為かガランとしているが辰砂採掘から戻ってくる頃にはここも人がごった返している事だろう。基本的に迷宮から産出される資源は迷宮ギルドが管理している。中には兵器にも利用可能な素材もあるというのだから黙って持ち出し出来ない様に厳しく出口での荷物検査が行われている。これに違反したら相応の処分を受ける事になる。
三人はそんな中を大勢に混じってヨグス迷宮の入り口で比較的空いている列に並んで受付嬢に許可証を見せて侵入した。本来はもっと厳重なのだが緊急依頼という事もあり略式での侵入許可となった。
入り口を抜けた先には如何にも異次元と繋がっていそうな空間の歪みがあった。そこへ次々と冒険者達は潜って消えていく。昨日体験済みだった事もありそのままタイカも潜っていく。迷宮内部に侵入してからも行先はみんな同じため集団を形成しての移動となったが既に別グループが先行していたのだろう、敵に出会うことなく採掘場までたどり着いた。
「昨日もこんな感じでしたよ。入り口だけで他は迷宮に入った実感なんてまるでないです」
昨日タイカは迷宮と聞いてワクワクして足を運んできていた。そしてそれは入り口がピークだった。歪んだ空間に入る時こそ興味と恐怖が入り混じってはしゃいだ結果、他の冒険者からお叱りを受けつつも色々と教えてもらい侵入を果たした。それは感動するような体験だったが直ぐに失望することになる。なぜならひたすら薄暗い洞窟を集団で歩いて採掘場所にたどり着いたら掘るだけの坑夫になっていたからだ。なんなら現場監督までいる始末だ。これだけの冒険者が来ているのだ、採掘量の調整や色々な問題の発生を未然に防ぐために派遣されてきたのかもしれない。
「そりゃこの集団だ。無理ねえよ。怪異は倒してもリポップするけどよ、最低でも一日以上はかかるぞ」
迷宮内では怪異と呼ばれる化け物が出るらしい。怪異は地上にいる魔獣やモンスターとも異なり異界からやってきた未知の生物と言われている。というのも怪異から得られた素材が未知の力を秘めており特別な薬や魔道具を作成する上で欠かせないらしく高い値段で取引されていた。だからこそ発展している
「……リポップ?突然湧いて出てくるんですか?」
「そうだよ。直接見ることは難しいけどね。湧いて出たとこを冒険者に潰されちゃたまらないってんで人がいない所に迷宮側が意図的にリポップさせてるんだってさ」
「はぁ。見たかったなあ……」
「なんでそんな見たいのさ?」
「だってゲームみたいで楽しそうじゃないですか!」
「……どんなゲームだよ」
シオンとブンギは首を傾げる。この世界にはコンピュータゲームなどは存在しないので理解出来ないのも当然だろう。またタイカとしても強力な怪異との戦闘を欲していた訳ではない。単に目の前の坑夫然とした作業から目を背けるために転生前に遊んでたゲームや小説を思い出してノスタルジックな気分に浸りたかっただけだ。だからだろう。
「オラッ!休んでねえで手を動かせッ!!」
現場監督からのそんな怒号を受けて作業を再開させる頃にはもう怪異やリポップなんてものは頭の片隅に追いやられて思い出すこともなかった。そのまま採掘しているとどうやら必要量が揃ったらしく現場監督から帰還の指示が入った。
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