040 インビジブルジャイアント討伐戦6
イコマは驚愕していた。手元の魔力測定器はインビジブルジャイアントを特級中位と判定していた。ここまでのモンスターは歴史上でもそう多くはない。前回は遠い異国の地で特級中位が出現した際には国家が総力を挙げて討伐に乗り出し三度の失敗の末に他国からの協力を得てようやく討伐に成功した。その時には国土の三分の一が焦土になっていたという。
「ダ、ダヴーさんッ!こいつ特級までランク上がってますッ!」
「……ぐぬぅ」
今回は撤退するだけだ。だが、ダヴーは次回討伐時の労力を想像して
「支部長逃げんぞッ!後ろ乗れえ!」
「ま、まて!まだ退避命令を出しておらんッ!」
「だったら!さっさとしろッ!」
既に目上に対する礼儀は捨てている。そんな事している時間が惜しかった。
「……全軍撤退ッ!各々の判断で退却せよッ」
その命令を耳にした領軍は撤退の銅鑼を鳴らして全軍へ知らせていく。既に崩壊しかかっている士気と陣形だ。銅鑼の音とともに一気に崩壊して各々の判断で逃げ散っていく。
「ハバラキよ、逃げるにしてもまだ我々にはやる事があるッ!少しでも退却させなければここで逃げ切っても次がないぞっ!」
周囲を確認する。随分と岩山方面まで来ているが身体強化で全力疾走すれば近くの林や障害物まで十分と言ったところか。赤いローブで身を隠せる事を考えればもっと少なくてもいいだろう。
「チッ……!五分だけだッ!」
ハバラキは渋々とだが納得して上限を設けた。
「わかった……」
そのままダヴーとハバラキは魔法でインビジブルジャイアントを牽制しつつ被害を抑える為の奮闘が始まる。
一方タイカ達は冒険者達の中心部からは少し離れた地点に退避していた。とはいえ逃走するならばあまりいい位置ではなかった。開けた方は荒野だし障害物の多い場所はインビジブルジャイアントを挟んだ反対側だ。いくら赤いローブで身を隠していようとも既にローブを脱いだ冒険者達がそこかしこにいる事から巻き添えを喰う危険が高い。
「どうします?いっそここで身を隠して待機するのも手ですよ」
「待てッ!それじゃアイツはどうする!?このままじゃ倒せないじゃないかッ!」
シオンはこの中でインビジブルジャイアントへの討伐意識が最も高いためか諦めきれていない。
「もう撤退命令が出ているだろ!誰もアイツを倒す手段なんて持ってないんだよ!応援呼んでもう一回やるしかねえだろ!」
「……クッ!」
ブンギの言い分が正しいと分かっているが周囲を見渡して無意識にトドロキを探す。アイツを倒せる戦力はそこだけだからだ。だが目の当たりにしたのは膝をついて身動きが取れずマサルに担がれようとしている姿だった。やはりもう撤退するしかないのかとシオンですら思ったところに乱入者が現れた。
「お、おいっ!お前等逃げないんならそのローブ渡せよッ!」
必死の形相でこちらに走ってくる冒険者は既にローブを脱ぎ捨てていた一人なのだろう。自前の高そうな装備をひけらかしている高ランクと思われる冒険者は、だがひどく狼狽していて自分達よりも低ランクにも見える。それでも高ランクであることに変わりない冒険者が武器に手をかけてローブを奪わんと向かってきた。
「おいッ!武器抜いてこっちくんじゃねぇ!それ以上来るなら自衛するぞっ!」
「うっせえっ!さっさと渡せよ!」
「アタシらから奪わなくってもそこらの死体から剥ぎ取りなよッ!」
単純に計算すれば三対一である。地力が上だったとしても万が一があるだろう。だがタイカ達に向かってきたのはそちらの方が人口密度が少なくタイカ達同様に巻き添えを食らう危険を避けた為なのだろう。そして余裕がないため低ランク冒険者数人ならどうにかなると判断したのだろう。本来は味方であるはずの冒険者に対する意識からか反応が遅れてしまった三人は、既に一足一刀の間合いまで詰められていた。
「うしろッッ!!」
タイカが叫ぶ。ブンギとシオンが気付くが駆け寄ってくる冒険者は気付かない。すでにインビジブルジャイアントの標的にされていたらしく右足のかぎ爪が迫っていた。
ズンッ
「ぐぎゃっ……あッ」
かぎ爪に身体を割かれながら蹴とばされた冒険者は恐らく即死だろう。その死体がタイカに激突する。
「ぐッ……!」
かなりの衝撃が伝わり吹き飛ばされるて苦悶の声を漏らすも、それよりもフードが外れてしまった。その瞬間にアイツと目が合う。インビジブルジャイアントは一瞬動きを止めた。見覚えのある顔に殺意をみなぎらせてタイカに今度は左足のかぎ爪を振り下ろした。
刀を抜くもあまりに絶対的な質量の差にこれは受け流せないと悟ってしまう。
「む、無理だ……」
既に避けられる間合いではない。高速で迫る絶望しか感じさせないかぎ爪を見つめながら、もしもオメガオならばどう捌くだろうか……そんな疑問が頭をよぎった。きっとオメガオならばコレすれも難なく捌いてしまうのではないか。ならば弟子である自分だってやらねば示しがつかない。
もともと闘う決意は出来ていた。そして今はこれまで訓練してきた技の集大成を目の前の化け物相手に試してやろうと闘志が湧いている。
握りしめた刀をかぎ爪にそっと差し出す。交差した瞬間に力の方向を捻じ曲げるように受け流す。その方向は相手ではなく自分を流す事だった。
ド ゴ ン ッ!
先程までタイカの居た位置にインビジブルジャイアントの左足が突き刺さり、同時にタイカは逸らしたエネルギーを利用して自ら跳んで吹き飛ばされた。
「がっ……!」
完全には避けきれず右脚に衝撃が走り地面に激突して息が詰まる。だが、あれだけの質量差のある攻撃を受けて生存している事自体が類まれなる技量の成果だろう。そのおかげで数秒稼ぐことに成功した。それはとても大きな数秒だった。
「タイカッ!大丈夫かおいっ!」
「おいっ!こっちで注意を引くよッ!」
ブンギとシオンが即座に援護にまわるがタイカは頭を強く打って意識が混濁していて動けない。朧げに見えるのは脚に刀が突き刺さったインビジブルジャイアントと刀を投擲したと思われるケレンケンに騎乗したトドロキ、それにブンギとシオンの姿が脇に見えた。だが既にタイカの目の前はグルグルと回っていて視界が定まっていなかった。
『--イカッ!タイカッ!おきてえー!』
クンマーの必死の叫びもタイカにはもう聞こえていない。周りでは必死の形相でシオンとブンギが注意を引いているが長くは持たないだろう。
『--ごめんね、タイカ。無理やり起こすね』
クンマーはタイカの魂から抜け落ちている魔力回路が本来あるべき場所に集中する。そしてエーテル体である妖精がもつ莫大な魔力をタイカへ注ぎ込んだ。確信はなかったがそれで魔力回路が担う役割の一つ、魔力生成の代わりになるのではないかと予感していた。それならば魔力を変質させ加工を必要としない身体強化だけは使えるはずだ。昏倒した頭も身体強化さえ出来れば元通り冴えわたる。--そのはずだった。
ズォォォオオオッ--
魔力を注いだその瞬間、別の機能に魔力が奪われる。タイカの意識の底から恐ろしい力の奔流が溢れる。混濁した意識の中でグルグル回る世界がいつかの夢でみた渦巻模様に重なっていく。今ははっきりとフィボナッチ数列の渦巻き図案に符術でならったいくつもの図形が重なっていく。自分の中に眠った力がハッキリと認識できた。
--召喚:
その瞬間に世界が反転した。その場にいたインビジブルジャイアントを含めた全員がそう錯覚するような異常事態に動きを止める。今の時刻は正午、その辺りであったはずが周囲は既に闇夜に包まれている。
目の前には悍ましい姿をした化け物がいつの間にか出現していた。触手の生えた身体に円錐形の顔のない頭部、申し訳程度にある手を備えた流動性の肉体を持ち、インビジブルジャイアントすら凌駕する巨体の化け物だった。その脇には二本のフルートを吹いているタコの様な不定形の化け物が付き従っていた。
ブ ォ ォ オ オ オ ン ッ!
余りに
タイカも例外ではなかった。目の前にいる異形の化け物が転生前に出会った黒い男の化身なのは感覚的に理解できたが、その時に出会った黒い男よりも強い恐怖を感じる。あるいは転生前には魂しか存在せずに肉体がなかった分だけ恐怖も半分になっていたのかもしれない。あるいは次元の狭間では感じ取れる恐怖の上限を軽く突破して麻痺していたのかもしれない。だが、今、目の前には現実的に感じ取れるスケールに落とし込まれた最大限の恐怖が存在していた。
ある者は震えながらも凝視し、ある者は地面に頭を抱えて丸まっている。また別の者は失禁しながら呆けていたり奇声を上げながら踊っている者もいた。誰も彼も
そんな中、
そして
ガッ…………ガア
手足を絡めとられて身動きの取れなくなったインビジブルジャイアントは暴れようとするも震えて何も出来ずに嗚咽を漏らしながらジタバタしている。その姿は母親にあやされる赤子の様だった。そして
ピーッ スピーピィプォオォン プピィ!
ブ ォ ォ オ オ ン !
辺りにはしばらくフルート吹きの化け物が鳴らす調子の外れたフルートの
化け物共が消えた後には討伐隊メンバーの半数の人間が死体もしくは生きていても発狂していて地獄の様相を呈している。無事なメンバーはそんな様子をただ呆然と眺めているしかなかった。
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