041 後処理

「なんだったのだあの化け物はッ!!」


 いち早く我に返ったトドロキは大声を上げる。そうする事でわずかに残った恐怖をすべて吐き捨てるかのように、また周囲で未だに呆然としている討伐隊の心理を代弁する事で同調して行動を促そうとの試みだった。実際に数人がはっとしてトドロキの方に視線を向ける。


「ト、トドロキ様!アイツはもう倒せたんでしょうか?」


 シオンもその一人でインビジブルジャイアントについて確認する。シオンははっきりとインビジブルジャイアントが喰われる所を目撃していた。しかしあまりに非現実的な光景に本当に起こった出来事だったのか不安になった。実際に目の前に化け物の構成物は何一つ見つけることは出来ない。あれは夢だったのだと言われれば押し黙るしかないだろう。


「ぐううぬぅ、ワシはアイツが食われているところを見た」


 トドロキも同様なのだろう。見た事実だけを端的に言葉にした。


「お、俺も見ました。けど、アレを食った化け物は……何だったんでしょう?」


 誰も彼もが気になるのはやはりそこなのだろう。ブンギの問いに唸るばかりで誰も回答など出せないでいる。インビジブルジャイアントが手も足も出ずに食われたのだ。それだけの力があって目の前の人間を襲わずに消えた。モンスターではあり得ない行動だけにそれを成した存在にまったく心当たりはなかった。行動原理が分からない以上は今なお危険の渦中にある可能性すら否定出来ず、またどこまで逃げれば安全であるかも分からない。


「……うむ、それについては帝都にも至急問い合わせてもらおう。今は事態を収拾せねばな」


 周囲を確認すれば正気を保った者達の大半は既に散って逃げた後のようで多くは死体と発狂している者で構成されていた。その中でイコマも狂ったように魔道具を見つめてブツブツと呟いている姿があったがその目には知性が感じられた。


 この状況では応援を呼ぶしかなさそうだが化け物の所在が分からずここが安全かも分からない。トドロキが判断に迷っているところへダヴーとハバラキ、それにマサルが徒歩で合流してきた。


「まずは無事な者をまとめて中継地まで戻りましょう。遺体は後日でもよろしいかと」


 元高級軍人であるダヴーはこの手の事にも慣れているのか冷静だった。怪我人や発狂した者を街まで連れていくだけで手は埋まってしまうだろう。だが街から離れているおかげで疫病の心配もなかったのは幸いだった。


「……仕方なかろう。何人かに中継地から馬車を連れてこさせよ。軽いけがの者はそのままキャンプへ向かうよう指示を回してくれ」


「はっ」


 ダヴーはハバラキに馬車の手配を依頼すると直ぐに撤収出来るよう怪我人を一か所に集めるよう無事なメンバーにテキパキと指示を飛ばしていった。


 そんな中でタイカは無理やり意識を覚醒されたが頭を打っておりまともに動けなかった。また、他の人とは異なり多少は事情を解していたので夜に吠えるもの黒い男の化身がもう現れない事を知っていた。しかし異なる懸念に顔を険しくしている。


『クンマー……さっきの夜に吠えるもの黒い男の化身って俺が呼び出したのか?』


『うむー。あれがタイカに眠ってた力だよ』


 タイカの顔はさらに険しくなる。今回は夜に吠えるもの黒い男の化身から受けた被害はインビジブルジャイアントの討伐だけで済み、多少はあのおぞましい姿を見て発狂した人達はいるが直接的な人的被害はなく結果だけみれば良好だったろう。だけどあの化け物の正体が人間嫌いを拗らせている黒い男だと知っているタイカは二度と呼び出したいと思わない。完全に制御不能だったからだ。


『あの時のクンマーは俺に魔力を注いだんだよな?それでその魔力が神の加護ギフトに奪われて召喚が成功した……?』


『んだー』


『そうか……ならもう二度と召喚しないように気を付けてくれ』


『はーい』


 やはりというか原因はクンマーが注ぎ込んだ魔力がトリガーになっていた。沈痛な面持ちでタイカは核心をたずねる。


『あとさ……それだとクンマーに手伝ってもらって符術媒体作るときにも召喚しちゃわないか?』


『それは道具の方に魔力があれば問題ないから大丈夫だよー。それにちっちゃな魔力なら召喚も出来ないし安全なんだー』


『なんだよかったー!』


 タイカは心底ほっとした。今後の生活を大きく左右するであろう貴重な戦力と金蔓があんな神の加護ギフトのせいで使用不能になるかと考えたら不安で仕方なかったからだ。



 薄暗い異次元の空間で黒い男は一人嗤っていた。予想を超えた事態が発生したからだ。


「くっくっく。まぁつまらんと言ったのは取り消しましょうか」


 これまで何度も人間観察をしてきた黒い男だが自身の召喚までたどり着く者はほとんど現れなかった。それを自身の好みから外れた少年がそれを成したのが楽しくて仕方なかった。


「たまには趣向の異なる観察をしてみるのも良いものですね」


 そこまで言うと急に表情を真面目なものにする。


「しかし、副王の影響は見られなかったな……。これに干渉してたのではなかったのか?」


 自身の腹を摩りながら黒い男は呟いた。


「……まぁいい。楽しめればそれでいいさ」


 黒い男はそのまま闇に紛れて消えた。



 赤森邸の執務室でトドロキは書類の整理をしていた。机の上には大量の書類が山のように積み上がっている。それらの書類は全て今回の作戦で死亡もしくは引退を余儀なくされた冒険者達や領軍兵士の情報が記載されている。


「予想よりも被害が大きい……」


 溜息をつきながら書類をにらむ。このままでは領内で魔獣の間引きが滞る可能性がある。また迷宮産の素材も産出量が減るだろう。ただでさえ復旧作業で金がかかるのに収入まで減ってしまう。そして弱みを見せれば他国からの介入を許してしまう。その為に必要なのはやはり戦力だった。


「陛下に一時的に戦力をお借りするしかないか……」


 今回のモンスター騒動では結果的にインビジブルジャイアントは成長して特級中位の判定を受けている。また未知の化け物まで出る始末であったし国防局員らの調査結果も記録に残っている。その為トドロキから要請があればスムーズに承認される事が予想された。


 国防局から提出された報告書を手に取って再びため息をつく。問題があった。未知の化け物だがイコマが魔力測定をしておりその結果が神級であると計測されたのだ。その名の通り神にしか無しえない魔力量であり魔獣を起源とするモンスターではどれほどの魔力暴走を引き起こしても到達不可能な領域だった。それこそ報告次第ではこの地域は見捨てられる可能性すらある。


「周辺調査を念入りにしてもう被害がない事を証明していくしかないか。それに……モンスターによっては色盲などの弱点がありうる、この発見を我々の功績として上奏も出来るな」


 実際に赤森家から冒険者協会へ調査依頼を出した結果なので順当であった。今回のインビジブルジャイアントに限れば赤い服飾で調査や奇襲などあらゆる状況で有利に事を進められた。モンスター被害が世界共通の関心事なのでそれなりに大きな功績として扱われるだろうから手土産としては丁度いい。


 そこでまた冒険者のリストを手に取る--


コンコン


「入れ」


 入室してきたのは本日で蟄居が解除されたモエハであった。手に持つお盆にはお茶も用意されている。


「お茶を入れてきました」


 相変わらず気が利くと顔をほころばせる。モエハはトドロキの脇まで来てお茶を差し出すと書類が目に留まる。どうやら名簿のようだがそこに見覚えのある名前を目敏く発見していた。


「何を見ておいでだったのですか?」


「ああ、任務に着けそうな冒険者リストじゃ。こんな状況だから仕事は山の様にあるんだが人手が足りなくてな。かなり負担を強いてしまいそうでの……ああ、だがお前はもう冒険者の真似事は許さんぞ」


 さすがにトドロキもモエハが約束を破って再度の冒険者稼業に手を出すとは思っていないので本気の警告ではない。可愛い娘とのただのコミュニケーションだ。


「もう、お父様!流石にしませんわ!」


「ははは。すまんすまん」


 そう言ってプリプリしているモエハの頭を撫でた。


「そうだわ!それならば冒険者達をねぎらっては如何でしょうか?私も先の件でいかに大変で重要な仕事をしているか身に沁みました。ですのでお食事会などを開いて感謝を伝えれば冒険者達も報われるのではないでしょうか!」


 名案だと言わんばかりに両手を合わせる。そして冒険者達への慰労を懇願するモエハにトドロキは感激していた。


「ほう!それはいい案だな!検討してみよう」


「でしたら私にまかせて頂けないでしょうか?せめてその位のお手伝いはしたいのです。もちろん計画は全て報告いたします!」


 トドロキは思案したが了承した。これならば安全であるし人員調整など貴族として必要な能力の育成も可能だ。そして何よりも冒険者達へ感謝したいと述べる娘の気持ちを組んであげたかったからだ。


 自室に戻ったモエハはまず食事の質や量を算定して予算を計算したが途中で何かを思い出した。その結果、当初の予定より出費が大きくなったのでモエハは出資者として貴族に声をかける。そして人気のあるモエハからのお声がけとあり多くの貴族が出資した。結果的に貴族と冒険者が合同で開かれるかなり大きな会合となっていた。


 二日後にモエハからお食事会の計画書が提示された。だが計画書のタイトルは何故か『お食事会』ではなく『酒宴』に変更されていたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る