023 偵察任務1
良家のお嬢様然としたお隣さんを見てお金に困っているわけではないだろう、なんでこんな小さな子まで任務に参加するのかと訝しんでいたら目が合ってしまった。決して不躾な視線を浴びせていたわけではないが気まずくなり曖昧な笑顔を浮かべる。
「あ、ごめんね。ジロジロと」
「いえ」
特に気にした様子もない事からも人から見られることに慣れているのだろうか。まぁ気にしてもしょうがないと思いタイカは正面に視線を戻した。反対側から肘をつつかれて振り向くととブンギがニヤついていた。
イラッとして何か言おうとするもソウチョウが書類を抱えて入室してきた。タイミングを逃したタイカは目で男を追っていると壮年の男性の前までくる。
「ダヴー支部長。そろそろご説明をお願いします」
どうやら壮年の男性はここの支部長であるらしい。全員揃っていたのかは分からないがこれ以上待って時間を潰すつもりはないのだろう。総勢九名集まったところでダヴーは席から立ち上がり冒険者達に向き合った。
「まずは街の危機に立ち上がり偵察任務に志願してくれて感謝する。まずは現状を説明しよう。一週間ほど前に突如あらわれたモンスターにより浅葱村が壊滅した。該当モンスターは30メートルほどの人型モンスターでその巨体にも関わらず姿をくらまし見つかっておらん。その為、討伐隊は出撃できずにおる。そこで君達に該当モンスター、これよりインビジブルジャイアントと呼称するがその捜索をお願いしたい。一刻を争う事態のためこの後すぐに協会が用意した馬車にのって現地まで行ってもらう。翌朝から二人一チームとなって任務について貰う事になるだろう」
ダヴーはそこで一区切りついたて冒険者達を見回す。どうやらここまでで質問があればして来いという事らしい。
「発見したらどうればいい?」
良質だがかなり使い込まれた装備を身に着けた冒険者が訊ねる。
「通信機は数が限られているので一チームに一つビーコンを貸与する。インビジブルジャイアントを発見したらビーコンを起動させろ。その後はこちらから通信機を持った本命の偵察部隊を送り込むので合流して引き継いだら帰還して構わない」
割とハイテクな魔道具があったものだと関心する。この世界を産業革命前の文明レベルで想定していたタイカだが部分的には魔力なる存在のおかげでより発達していたりする。タイカは魔力が無い分そういった便利な道具で優位に立てるように立ち回る必要があり世界感のギャップを埋めていく必要性を感じた。
「見つからなかったら?ずっと探して回るのか?」
「いや、見つからなくても三日後に中間報告の為に現地のキャンプ地に戻ってきてほしい。その後の指示はそこで再度行う」
それで冒険者は納得したのか頷いて黙った。
それはそうとタイカにも一つ気になることがあった。
「チーム分けはどうするんでしょうか?」
「こちらで決定するので従うように」
どうやら決めてくれるようだ。タイカ達は三人なので一人余ってしまう。こんな経験は今までないから自分達で選べと言われたらどうしようかと思って少しドキドキしていたタイカだった。
それから何人かが質問していた。報酬の話も出ていたがみんな事前に依頼書から確認していたのだろう、ダヴーからのあらためて提示された報酬は聞いていたとおりだったのか誰からも異論はでずにスムーズに説明会は終了した。
「では説明は以上とする。もう外で馬車が待機している。各自すみやかに乗り込むように」
ぞろぞろと冒険者達が退室していく。その流れに乗るようにタイカ達も出ていこうとした。
「ちょっと先行っててくれ。ソウチョウにちょっと用事があるんだ」
そう言って返事も待たずにソウチョウに手を振って走っていく。
「なんでしょうね?」
「さあね。先になんか依頼でも受けててそれをキャンセルしに行ったとかじゃないか?」
ブンギは青川家の依頼で帝都から帰還したばかりなので依頼などは当然受けていない。だが、シオンはそこまでは知らなかった。
「まぁ気になるなら後で聞けばいいよ」
クンマーに聞いてきてもらう手もあったがそこまでして聞くような話でもない。チラリと見たクンマーは既にタイカの肩の上でイビキをかいていた。
「……そうですね。ここで話してても分かる訳もないし行きましょう」
既に他の冒険者は出て行っており会議室はガランとしている。タイカは知らなかったが受付の職員であるソウチョウは二年ほど前まで冒険者をしていて引退後に協会へスカウトされた人物だった。そこでチーム分けする際に受付として多くの冒険者と接点を持ち、且つ現場経験があって今回の任務で冒険者達と同行する可能性が一番高い人物であった。そしてブンギはそれをよく理解していた。
表には馬車が二台置かれており、一台目は既に満席だったので二台目に乗り込んだ。しばらくするとブンギとソウチョウが入り口から乗り込んでくる。
「いやーおまたせ!任務前にどうしても報告しないといけない事があってね」
「ふーん。まあいいですけど」
「急ぎの仕事なんだ、迷惑かけるんじゃないよ」
「わかってるよ。それに任務に就くのは明日からだろ?」
ブンギはニコニコと機嫌よくしている。その横でソウチョウはやれやれといった顔で黙っていた。そのまま馬車は出発していく。到着は夜中になるらしく仮眠をとりながらの移動となった。
その後に中継地点で馬車から降ろされ軽い睡眠をとると日の出前に起こされた。そして朝食をとりながらソウチョウからチーム分けと探索範囲の通達を受ける。
「--シオンとブンギで北にある湖より北の調査お願いします」
「おう!」「わかった」
「タイカとモエは北東の岩山を調べてください」
「はい」
「…あ、はい!」
少し遅れて小柄な少女から焦ったように返事が発せられた。どうやら彼女はモエという名前らしい。食事中でも頭巾は被っておりヴェールのようなものの隙間から器用に食べていた。
「よろしくな。俺はタイカだ」
「私はモエ……といいます。よろしくお願いします」
モエという冒険者はモエハが変装している姿だ。生来正直者であった為か偽名があまり偽っておらず本人も言い淀む始末であった。
だがタイカは赤森家については何も知らないので気付く事はなく、緊張しているのだろうと結論をだす。それよりも自分とモエハ以外はみな大人に見える。その中から子供二人をペアにするというのもバランスを欠いているように思え、何らかの作為がタイカには感じられたのでそちらに思考を移す。どうやら同じ感想をもった人物がいたようで、説明会の時に最初に質問をしていた冒険者が口を開く。
「大丈夫なのか?別に下に見る気はないがどうしたって経験値が少ないはずだ。そんな子供二人をペアにした理由があるなら聞きたいね」
たしかに。そう思ってしまう。
「たしかにハバラキさんのご意見はもっともです。彼らは業務経験は少ないでしょう。ですが調査個所は獣が少ない岩山で移動するにも小柄な方が有利な地形です。それに紹介者からも実戦の腕はある程度の保証をもらっていますので問題はないでしょう」
「ふーん。ならいいや」
ハバラキというらしい冒険者はそれで納得する。チーム分けで端数がでたので一人チームに抜擢されている事からもこのメンバーの中では頭一つ飛び抜けているらしく彼が納得した事でそれ以上の追及をする人物は現れなかった。またその実力の高さはタイカにもすぐに理解できた。
(なんでこの人が偵察隊に混じってるんだ。明らかに一人だけ実力が違いすぎるだろ……)
それ以上の問答はなく朝食をとり終わった冒険者達から次々と出発していった。そんな中ハバラキがふと足を止めて振り返る。
「おいガキども。岩山はたしかに獣はめったにでねえが鳥の魔獣がいる。射程は短いが空気砲って魔法を使う魔獣だ。滅多に人を襲う事はないが巣の近くを通ると稀に襲ってくることがあるから頭上には注意しとけ」
タイカは助言を貰えるとは思っていなかったので目を丸くした。ハバラキとしてはチーム毎に競争するような性質の任務ではなかったし、助言しないで死なれても寝覚めが悪かったからだ。案外と面倒見がいいのかもしれない。
「わかりました。ありがとう御座います」
「そうなのですね。気を付けます!」
それだけ言ってハバラキは去っていき、入れ替わりにシオンが声をかけてきた。
「たしかにこの中じゃ安全な地帯だけど気をつけな。空気砲は発動まで時間かかるから避けられる冒険者は多いよ。でも範囲が広いから避ける時は余裕をもって避けなよ」
「いいとこ見せようとして下手こくなよ」
「ブンギはもう少し有意義な助言できないんですかね」
「ふふふ。仲がよろしいのですね」
初めて笑顔を向けられた気がした。相変わらず頭巾を被っているので見えないが。
「たいした付き合いじゃないよ」
少し照れたように答えるタイカだ。実際知り合って一、二日程度しかない付き合いである。だがその程度の付き合いで収まらないような絆も確かに感じていた。
そんなやりとりを見ている者がいた。
『ぼくはー?』
『クンマーもだよ』
何かを感じたのかクンマーが肩の上から確認してくる。ちゃんと符術媒体を作る補助が出来たなら親友認定してもいいと感じている。
『へっへ。ぼくもタイカをまあまあ認めているんだ』
まんざらでもなさそうなクンマーに苦笑する。
「じゃあアタシ達も出発するから無理をするんじゃないよ」
こっそりとブンギが耳打ちしてくる。
『タイカ感謝しろよー。うまくやるんだぜ』
やはりこの組み合わせはブンギが動いた結果なのだろう。受付の男職員となにやら相談していたブンギなのでこっそりとチーム分けに口を出していた事を察した。
『押し付けがましいですね。自分がシオンと一緒のチームになりたかっただけでしょう!?』
『まあそうゆう事にしておくか』
「おいっ!さっさと来い!」
「おっと!わりいわりい今行くよ!」
シオンから飛んできた催促にブンギは慌てて後を追って駆け出していく。
「私達も負けていられませんね。さあ行きましょう!」
そんな二人を見送りモエはやる気を漲らせている。この任務にかけるモチベーションの高さが伺えた。
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