024 偵察任務2

 シオンとブンギは足早に移動しながら湖周辺までやってきていた。そんな中シオンはかなりピリピリとした緊張感を漂わせている。湖の周辺は雑木林になっており相手が体長30メートルといえども至近距離まで気付かない可能性もある。また自分達の任務次第で討伐隊の出発がさらに遅れる事を考えると自然とその表情は厳しくなる。


 そろそろ担当エリアに差し掛かるところで先導しているブンギを見る。出発時こそおしゃべりな様子を見せていたが目的地に近づくにつれてそんな様子も薄くなり今は黙々と周囲の警戒をしながら進んでいた。そんな様子を意外そうに見ている。


(まぁ話す話題が無くなっただけかもしれないけどね)


 突然ブンギが速度を緩めて振り返る。


「そろそろ速度を落とすぜ。見落としてばったり遭遇なんてごめんだからな。いいだろ?」


「もっと先まで急がない?発見が遅れればその分だけ討伐隊も動けないのよ」


「そりゃ分かるけどよー。もう視界が大分狭くなってる。危険だぜ」


「なによ。怖いの?そりゃ昨夜会うまでまで任務を受けるつもりも無かった奴だから浅葱村の事も他人事かもしれないけどね、アタシにとっては違うんだよ!」


 気が急いていたのかだいぶ声を荒げてしまう。


「そういう訳じゃねえよ……」


 ブンギは昨日まで青川家の馬車で御者兼護衛の依頼を受けておりようやく依頼報告の為に冒険者協会を訪れたばかりであった。またインビジブルジャイアントの件はその時初めて知ってこれから情報を集めようとしていたところだった。なので偵察任務についてもタイカ達と出会った時には知らなかったのである。とはいえ今そんな問答をしていても証明する術もないし任務に支障をきたす可能性が高かった。


「相手は村一つ壊滅させて行方をくらますような奴だぜ。下手に見つかったらビーコンを起動させてもまたどっか行っちまう。そりゃあまずいだろ」


 納得できる理屈だったが急ぎたいシオンはそれを否定する材料を検討するために黙り込む。結局はしぶしぶ了承するもその様子から感情では割り切れていない様子が見て取れた。


「…………いいわ」


(まずったなぁ。こりゃタイカに助言してる場合じゃねえな……)


 そう思うも特に解決策は見当たらない。無謀に速度を上げて失敗するわけにはいかなかった。



 現地まで走りでの移動となったがこれが意外と辛かった。どうもモエハは身体強化が出来ているようでタイカよりも健脚だった。顔は見えないが背格好や声の感じから歳はそう変わらない気もするがアヤと同様に自然と使いこなせているタイプなのかもしれない。かなり鍛えているタイカだったが岩山に到着する頃には息が上がっており会話も出来ない状態なのに対してモエハにはかなり余裕がありそうで心配される始末であった。


 しばらく息を整えてからタイカはモエハに提案する。


「はあはあ、なあ、モエ、歩きながらでいい。教えられる範囲でいいから手札を見せ合わないか?」


 お互いに何も知らない状態では魔獣などの敵と遭遇した場合に困るだろう。だが冒険者の中には自分の手札を晒すことを嫌う者達も多くいる。その為の念押しだった。


「ええ、そうしましょうか。……まず私から。流派は万象理合流を修めています。武器はいろいろ使えるのですが本日は刀のみを持ってきました」


 たしか赤森領で創始された剣術だ。赤森領は北に行けば魔の森が広がっているおり様々な獣やモンスターからの脅威に常に晒されている。そこへ迷宮まで発現してしまった地域だ。それらの脅威に立ち向かうために編み出された総合武術でどんな敵にも対応できる千変万化な技の多さが特徴だったはずだ。


「ああ、事前に調査する場所が分からなかったからな。薙刀とか持ってきて未開の森の中を調査ってなったら厳しかっただろうし良いと思う」


「ふふ。ありがとう御座います」


「次は俺だな。使うのは柳水流だ。今は刀と印地が使える。それと……符術が何枚かある」


 今持っている符術の媒体は金に困っても売るつもりのないタイカだ。実戦で必要になったら躊躇わずに使うつもりなので符術があることを教えてしまっても構わなかった。とはいっても身体強化と治癒はすでに使い切ったのであとは遠距離攻撃魔法が二枚と少し寂しくなっている。


「まあ。こちらではあまり出回らないので貴重ですよ」


 そうなのか。無事戻ったらクンマーに手伝ってもらって早速作ろう。あとは売り先をどうすかが悩みどころだが今は考えてもしょうがない。色々見て回ってからでないと決められないだろう。そもそも現状では皮算用なのだから。


「ぜひとも使わずに済ませたいね。何よりそっちのが安全でいい」


「ええ!ええ!まったくその通りですね!」


 モエハはタイカの人物像を捉えかねていた。


 モエハは花よ蝶よと育てられていたので街に出る事は少なく、必然的に同世代の少年は貴族の子弟達に限られていた。そんな彼女の良く知る男の子というのは絵空事を語る空虚な存在だ。貴族として生まれ持った高い魔力量を誇り、ともすれば庶民を見下す者も多くいる。そして偵察任務をしている今の状況ならばきっと如何に自分が活躍できるかを、さらにはモンスターを見つけたら自分がそのまま倒してやるなどといった戯言を嬉々として語っていた事だろう。それがどれほど危険な事か、周囲にいかに不利益を振りまくかを考える事もなく。


 もちろんモエハとて全ての貴族の子弟がそうだとは思っていない。噂にきく月模家の息子は優秀で思慮深いと聞いていた。だが、常に魔獣やモンスターに迷宮やその利権がらみの外敵など多くの脅威に晒されている赤森領では威勢がよく実力のある人物が高く評価される傾向にあった。その為か少年達の話す言葉にもその影響が色濃くでていたのである。


 そういった事情もあり戦わずに済むならその方がいいと断言するタイカに新鮮な驚きを感じた。その後も語り合いながら互いの力量を確認していった。

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